257.朝方の来訪者 後編
「それで?ただ顔を見に来たわけでもないんでしょ?」
「そうですね。私としては、何の目的もなく訪ねて来たかったところではありますが」
もしそうであれば、わざわざメイド服に身を包んできたりしないだろう。これはクーネさんが、グリードハイド家の使いとしてこの場にやって来たという、一種の意思表示だ。
「こちらを」
「封筒……なるほどね」
「シルヴィア、それは?」
「グリードハイド家への招待状よ。だけどまぁ、実質的な召喚状ってとこかしら」
「……遂に来たか」
どこかのタイミングで来るだろうとは予想していたが、思ったよりすぐに来たな。ニ十四時間も経たないうちに用意してくるとは……。
「いつだ?」
「三日後ね」
「結構余裕ないな、それは向こうも同じだろうけど」
だがこっちは今日一日何もできないのに対し、向こうは自由に動くことができる。三日という期間が十分かどうかは微妙なところだが、準備は入念にされている考えた方が良いだろう。
「そもそも、向こうの出方すらも分からないんだけどね。案外平和的に済む……というのはないにしても、血生臭いことにはならないかもしれないわ」
「前提がそこなことがおかしいって気付いてくれ。クーネさん、そこら辺は?」
「さぁ……恐らくですが、私には伝えられていない情報も多くあると思います。その少ない情報から判断することは、私にはできかねます」
「まぁ、そうよね。であればわざわざクーネを寄越したりしないだろうし」
有用な情報を持っている人間を、わざわざ伝言係に任命することはしないだろう。特にクーネさんは過去の経歴もあるし、完全には信用されていない可能性も考えられる。
「ただ……お嬢様が出て行かれてから、当主様はお嬢様の話をしないどころか、周りが吹聴することも止めておられました。ですからここまで迅速な判断が下されたことに、少々困惑しています」
「……予め秘密裏に準備していた?」
「その可能性もあるけど、当時のグリードハイドにそんな余裕があったのかは微妙なところね……」
「まぁ、情報がない以上、これ以上は考えても仕方ないんじゃないか?」
結局のところ、相手がどう対応してこようがこちらの要求は一つ。シルヴィアが家に戻るつもりはない以上、それを阻むのであれば全力で抵抗するまで。
「それもそうね」
「招待状に、俺達のことは?」
「特に書かれてないわね。まぁでも、連れて来るなとも書かれてないし、別にいいんじゃないかしら」
「そうか」
「来るなと言われても行くけど」
それは確かに。どちらにせよ、俺達にも準備は必要だろう。
「……良い仲間を持ちましたね、お嬢様」
慈しみにあふれた眼差しでシルヴィアのことを見つめるクーネさんは、容姿は似ていないが本当の姉のように見える。
「ええ、私には勿体ないくらい」
「それ、前にエイムも言ってた」
「そうだったか?」
実際そう思ってるのでどこかで口にしたかもしれないが、記憶には無い。
「あまり長い間屋敷を留守にするわけにも行きませんし、そろそろ失礼します。また三日後、直接会えるかどうかは分かりませんが……」
「会えなかったら、王都を出る前に今度はこっちから会いに行くわ。コッソリね」
「……ええ、楽しみにしています」
そう口にするクーネさんは、少し寂しそうだ。グリードハイド家と理由は異なるにしても、彼女も本音ではシルヴィアに戻って欲しいのかもしれない。
「ああそうだ、一つ聞きたいことが」
「はい、なんでしょう?」
「さっき扉の前で俺に襲い掛かって来た時、俺は『危機察知』を騙して攻撃してましたよね?あれ、一体どうやったんです?」
魔獣の中には察知系スキルを無効化する術がある魔獣もいるし、昨晩『危機察知』を無効化してくる王女様とも相まみえた。だがしかし、無力化するのではなく騙して逆に利用されたのはこれが初めてだ。
「あの技は私の十八番ですので、簡単に教えるわけには参りません……ですがそうですね。あれを行うためには、複数のスキルを同時に発動させる必要があります。恐らく今の貴方では、防ぐことは出来ても習得することは難しいかと」
「む、バレていましたか」
「ふふっ、警戒というよりは好奇心に溢れた表情をされていましたから。貴方は考えが読まれやすいと、誰から言われたことは?」
「……よく言われます、妹さんから」
「やはりそうでしたか。そこを解決することが、習得の第一歩になるかもしれませんよ」
そう言ってクーネさんはこちらに一度深々とお辞儀をした後、部屋の前の騎士にもお辞儀をしてから去って行った。
「……と言っても、今まで二人以外から言われた憶えはないんだけど」
そもそも、どう解決すれば良いのかすら分からないな。
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