256.朝方の来訪者 前編

 部屋の前に立っていたのは俊ではなく、黒髪のメイド服に身を包んだ女性だ。城内のメイド達とは微妙にデザインが異なっているので、別の場所で働いているか部署が違うのだろう。


 部屋前の騎士が通したということは、身分は保証されていると思うが、全く見覚えはない。伝言ならそれこそ騎士に伝えればいいと思うのだが。



「初めまして。わたくし、グリードハイド公爵家にてメイドを務めさせていただいております、クーネと申します」

「!!」



 瞬間、クーネと名乗った女性の右手から激しい『危機察知』の反応が浮かび上がる。咄嗟に体を傾けそうになるが、嫌な予感がして踏みとどまった。


 スキルを信じるか、自分の第六感を信じるか。ぎりぎりまで選択に迷っていたが、俺は彼女の攻撃をで掴んで受け止める。



「あら、バレてしまいましたか」

「昨日までの俺だったら危なかったかもな」



 クーネは左手でナイフを振りかぶっていた。昨晩から『危機察知』が信用にならない事態が多すぎる。



「エイム!」

「大丈夫なの……って、クーネ?」



 二人も事態に気付き、立ち上がって武器に手をかける。だがシルヴィアは相手の正体を認識すると、困惑の表情を浮かべた。



「取り敢えず、なんでこんな真似をしたのか聞いてもいいか」

「理由は言わなくてもわかるかと思いますが」

「命を狙われる理由には想像がつくが、こんな場所で俺を殺してもそっちの立場が悪くなるだけだろ」



 ここで殺そうものなら、確実に捜査の手が及ぶだろう。騎士は少々信用ならないが、それでも逃げ切れるとは思えない。



「私が目撃者全員を殺すつもりかもしれませんよ?」

「それができるほどの人間には見えないな。というか、さっきの攻撃も殺すつもりはなかったはずだ」



 『危機察知』が激しい反応を示した割に、クーネの攻撃は明らかに手加減がされていた。ナイフに毒が塗られた様子もない。



「それに何より、シルヴィアを目視してから明らかに表情が柔らかくなってる。どう見ても敵対者には思えない」

「……フフっ。いけませんね、バレてしまいました」

「クーネ!!」



 俺の傍を通って勢いよく抱きついたシルヴィアを、クーネはナイフをポトリと落として優しく受け止めた。どうやらあのナイフには、毒どころか刃すらなかったらしい。



「ご無事で何よりです、お嬢様」

「あー取り敢えず、中で話さないか?元よりそのつもりで来たんだろ?」

「ええ、そうさせて頂けるとありがたいです」

「遠慮なく上がって。といっても、私達も借りてる立場なのだけど」



 メイドが歓待されるという一見すると奇妙な光景を尻目に、俺は一連の光景を静観していた騎士を見つめる。



「……自分は何も見ていません。そういうことにしておきます」

「助かる」



 まだシルヴィアのグリードハイド家での立ち位置について、全容を掴んだわけではないが、今のやり取りが知れ渡れば、クーネの立場が危うくなるかもしれない。俺達は今更だとしても、彼女まで窮地に立たされてしまうのはシルヴィアにとっても本意ではないだろう。



「騎士団にも味方がいて良かったよ」

「……自分が一番かわいいだけです。味方ってわけじゃありませんよ」

「それくらいの方が、余程信用できる」



 俺は金貨が入った小袋を渡し、部屋の扉を閉めた。





♢ ♢ ♢





「改めまして、メイドのクーネと申します」



 背筋を伸ばし、見事な所作でにこやかに笑うその姿は、流石は上流階級に仕える人間だと言うべきだろう。彼女自身は特に身分が高いわけでもないのに、自然とこちらも佇まいを正してしまう。



「エイム・テンザキだ」

「アイリーぜ・ラルクウッド」



 そんな俺とは反対に、リーゼは相変わらず自然体だ。こういう時は彼女の性格が羨ましい。



「クーネは小さい頃から私の世話役で、姉妹同然に育ったの。私が王都を出る時にも、色々と手回しをしてくれたのよ」

「へぇ……」

「一人逃げておいて、こんなことを言うのもあれだけど……無事でよかったわ、クーネのことだけが気がかりだったから」

「当時はそれはもう疑われましたが、そもそも関わったのはお嬢様を除けば私一人ですし、文書が残っているわけでもありませんでしたから。シラを切り通せば、意外と何とかなりました」



 そうは言うが、責任を負うことなく今も同じ職場で働けているのは、それだけ彼女が上手く立ち回ったということだと思う。



「……クーネさんがシルヴィアの味方なのは分かったが、ならなんで俺に襲いかかって来たんだ」



 俺達やシルヴィアにことを害するつもりがないことは、彼女のナイフや、今の会話から読み取ることができた。だがそうなると、何故襲ってきたのかという新たな疑問が生まれる。



「それは……あの冷えきったお嬢様の心を射止めた殿方が、本当にお嬢様に相応しい方なのか、確かめるためです」



 頬に手を当て、にんまりとした笑みを浮かべるクーネは、そう言いながらころころと笑う。



「ちょ、ちょっとクーネ……!」

「あら、違いました?」

「ち、違わない、けど……」

「……うん、まぁ何となくクーネさんの人となりは分かった」



 何となく別の目的もありそうだが、全てが偽りというわけでもなさそうだ。姉妹同然に育った、というシルヴィアの言葉にも頷ける。



「それで?結果はどうだった?」

「勿論合格です。これからもお嬢様のこと、末長くよろしくお願いいたしますね」

「!」

「ああ、任された」

「!!」

「……二人とも、そろそろシルヴィが限界」

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