254.深夜の襲撃 後編

「うむ!?」



 そのまま俺は、強引に唇を奪われた。拘束から抜け出そうと必死にもがくが、指先までがっちりと固められており、ロクに動ける気がしない。いつの間にか眼前に迫る彼女の瞳は、怪しげな紫色に変化している。



「はむ……ぷはぁ♡」

「何のつもりだ……!」

「言ったでしょ、あなたがほしいの……ねぇ、私のモノになって?」



 徐々にだが、体温が上がってくるのが分かる……毒でも盛られたか。視界にもモヤがかかり始めており、金色の髪がふぁさりと耳元をくすぐると、久しく忘れていた劣情を感じ取った。



(流石にこれはマズイ!)



 俺は恍惚な表情を浮かべるキリユに向け、思い切り頭突きを放つ。



「いたっ!」

「流石にお転婆が過ぎるぞ、王女様」



 俺も同じく痛みを堪えながら、緩んだ拘束を逃さずにキリユを突き飛ばす。そのままベッドに倒れ込んだ王女様に、寝ている時も肌身離さず付けているホルスターからラルを抜き、額に銃口を突きつけた。



「動くなよ」

「嘘……『魅了チャーム』が効いていないの?」



 『魅了チャーム』……名前からして、俺の『精神侵食マインド・エクリプス』と同じような精神攻撃スキルだろう。どう考えてもそれより強力そうだが。



「精神攻撃には、そう簡単にはまらない自信がある」

「私の『魅了チャーム』を無力化するのは、簡単じゃないはずなんですけど……でもいいわね、ますます欲しくなってきたわ」

「……俺をその『魅了チャーム』とやらで操ってどうするつもりだったんだ。単純に力が欲しいなら別に俺である必要はないだろ。それこそ俊なんていつでもタイミングはあったはずだ」

「欲しいのは力じゃないわ、あなたが欲しいの。【勇者ブレイヴ】もとっても素敵だけど、彼はマリア姉様のモノだもの」



 俊にキリユの『魅了チャーム』が通じるかは置いておいて、彼女の標的にならなくて良かったと思う。ある意味でマリア様には感謝しないといけないかもしれない。



「じゃあ何がお眼鏡に適ったんだ」

「あなたはとにかく分からない、謎の塊みたいな人。そこに未知があれば、知りたくなるのが人間というものでしょう?」

「なら人間としての節度も保っておいてくれ、頼むから」



 宴ではどちらかというと寡黙なイメージで、どことなくリーゼと似た雰囲気があると思っていたのだが、今は口調や雰囲気が、全くの真逆と言っても良いレベルで様変わりしている。


 ペロリと舌なめずりをするその姿を意識しないようにしながらも、俺は銃の引き金から指を離さない。



「あなたのこと、もっと教えて?」

「お断りだ、お前みたいな得体の知れない人間に教えることは何もない」

「……じゃあいいもん、勝手に知っていくから」



 そう言って、キリユはポンポンとベッドを叩く。



「とりあえず、今日のところはもう寝ましょ」

「……それは今のこの状況を理解したうえでの発言か?」

「勿論。一緒に寝ましょう?」

「俺がそれに首肯するとでも?」

「まぁ、ないでしょうね……でも首を縦に振ってくれないなら、今この場で思い切り叫ぶわよ。王女がベッドの上で襲われるこの状況、悪いのはどちらでしょうね?」



 コイツ……俺との間にある実力以外の力関係を完全に理解してやがる。シュン、頼むから今この場で『防諜空間シークレット・ルーム』の使い方を教えてくれ。



「なら俺は、その前にこのまま引き金を引くぞ」

「それ、使う時は大きな音が鳴るんでしょう?私を殺して永遠の逃亡生活を送るより、一晩私と寝る方が断然賢い選択だと思いますわよ」

「………」



 悔しいが、キリユの言葉は正しい。非常に、誠に遺憾だが。



「うふふ……さぁいらっしゃい?」

「……客人ではあるが、そこはお前のじゃなくて俺のベッドだ」



 その言葉に誘われるように、再びベッドに体を預ける。俺としても自分が危うい選択をしているのは理解しているが、眠気の方が限界で、正直言うともうどうでもよくなっていた。


 最初はせめてもの抵抗として端の方で横になっていたが、いくら離れても体を寄せてくるので大人しく真ん中に移る。



「これだけ無駄にデカイベッドなのに、この光景はおかしいと思わないか?」

「全然?」

「……そうかよ」



 完全に諦念した俺は、横になってからも握っていたラルをホルスターにしまう。どうせこれだけ近づかれているこの状態では、先に何かされると反応が追い付かないだろう。



「二人が起きる前には自分の部屋に戻ってくれよ。何言われるか分かったもんじゃない」

「あら、それは浮気を疑われるという意味で?」

「違う、アイツらとはそういう関係じゃない。寝て起きたら仲間が王女と同じベッドで寝ていたとか、バレたら説明が面倒だろうが」



 いくらあの二人でも、俺が悪者にされる可能性はゼロとは言えない。



「うふふ……それもそうね」

「……本当に頼むぞ」



 胸元に納まる王女の体温を感じ取りながら、俺は二度目の眠りについた。

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