253.深夜の襲撃 前編

 迷宮での海王との死闘、国王への謁見、そして最後の宴での乱闘騒ぎ……本当にこれが一日の間に起きたことなのかと疑いたくなるほどの時間を過ごした俺達は、ようやく睡眠にありつけていた。



 ソファと同じく、驚くくらいに体の沈むベッドは、俺の体重を受け止め、全身を包み込んでくれる。急な来訪にもかかわらず、寝室は個人部屋を用意してくれたため、今この部屋にいるのは俺一人だ。


 一応監視として、部屋の前に騎士が一人立っているが、



「自分、入団したのは最近なんで。正直シルヴィアさんのことはよく知らないんスよね。いや、港でのアレがあるんで怖いのは怖いっスけど」



 とのことで、シルヴィアや俺達に対して悪感情は抱いていない様子だった。エルドリッドが気を利かせた……はずがないので、新人だから哨戒という面倒事を押し付けられたんだと思う。確かに実力的にもまだまだといった感じだから、暗殺の類は警戒しなくてもいいだろう。



「頼む、昼まで起こさないでくれ」



 誰に言うでもなく、一人虚空に向けてそう呟くが、その望みが叶えられることは恐らくないだろう。特に理由があるわけじゃないが、何となくそんな予感がしていた。



──まさか、まだ夜も更けぬうちに起こされることになるとは、思いもしなかったが。





♢ ♢ ♢





 王城は光を落とし、増強された警備の騎士以外はとうに寝静まった頃、何者かの気配を感じ、俺は意識を起こした。



(……どっちだ?)



 接近されても『危機察知』に反応がなかったため、リーゼかシルヴィアがトイレの場所でも聞きに来たのだろうと思いつつ、体を起こそうとするが、正面から襲いかかる衝撃が再び体を沈ませる。



「うお!?」



 二人のうち、どちらでもない感触。ここで完全に意識を覚醒させた俺は、態勢を整えるため飛び退ろうとするが、ベッドが高品質過ぎて上手く踏み込めない。



(これ、最早罠だろ……!)



 一番無防備になる就寝中にこのザマというのは、いくら何でも情けなさすぎる。たちまち両手を抑えられ、上にのしかかられてしまった。



(おかしい、なんでスキルが発動しない?)



 『危機察知』は間違いなく発動している。にもかかわらず、ここまでされてスキルは一切感知していない。


 察知系のスキルを無効化する魔獣は何種か確認されているが、そのどれもが無効化に厳しい制約がある。例えばダークエルフの里があった森にいたトレントは、静止することによってスキルを無効化できるが、逆を言えば少しでも動けば補足できるということ。相手から接近してもらわなければ、奇襲を仕掛けることはできない。


 ここまで大胆な行動をして、スキルが反応しないということはないだろう。目の前で暴れられて反応しないなら、なんのための『危機察知』だと言う話で、そもそも目の前にいるのは魔獣ではなく人間だ。



「……誰だ」



 いつでも振り払えるようにタイミングを窺いながら、俺は警戒を隠さない声色で尋ねる。


 暗闇の中でも鮮明に見える俺の肉眼は、何故か目の前の顔を拝むことができない。周りにモヤのようなものがかかっており、輪郭しか捉えられられずにいる。



 俺に伝わる体の感触から、恐らく女性だろうと当たりをつけることはできるが、そうとは思えないほどの力で押さえつけられており、全く動ける気がしない。態勢的に不利な状況下とはいえ、馬鹿力が過ぎる。



「そんなに警戒しないで、暗殺に来たわけじゃないから」

「……は?」



 耳に入ってきた声には、聞き覚えがあった。ついさっき初めて聞いた声だから、多分間違ってはいない。



「この状況で、警戒するなってのは無理な話だろ……なんのつもりですか、キリユ様?」

「……それもそうだね」



 途端に視界のモヤは消え、現れたのは寝間着姿の第三王女、キリユ・アルスエイデンだった。あの初めて会った時の急な接近。今思えばあの時も『危機察知』は発動していたが、反応はなかった。



 年齢にしては随分扇情的な寝間着だという場違いな感想を抱きつつ、俺は言葉を重ねる。



「取り敢えず、手を離してもらっていいですか」

「イヤ」

「イヤって……子供じゃないんですから」

「エイムに比べたら子供だよ」

「相対的な話をしてるんじゃないです……どうやって入ってきたんですか」

「どうやってだろうね」



 いくら質問や頼み事をしても煙に巻くキリユ様に、俺は痺れを切らして一番気になっていた質問を投げかける。



「何が目的で、俺に襲いかかってきたんですか」



 宴でもそうだったが、彼女の行動の目的が見えない。何らかの理由で興味をもたれているのは分かっていたが、まさかの寝込みを襲われる程とは思わなかった。


 俺の言葉を聞いたキリユ様は、年齢にそぐわぬ不敵で不気味な笑みを浮かべながら、蠱惑的に呟く。



「──あなたが欲しいの、エイム」

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