245.王城での身支度

「えー、どうしようかな」

「勘弁してくれ……」

「冗談だよ、一度は見てみたいけどね。好きなのを選んで」



 お許しを貰ったので、俺はスーツを軽く眺める。スーツの良し悪しなんて分からないが、そんな俺でも分かるほどに並べられたスーツはどれも高級品だった。



「あまりみすぼらしい恰好をしてると、面倒な連中に絡まれるからさ」

「大変だな。勇者って職業も」



 王女がパーティーに加わってからはそういったこともほとんどなくなったらしいが、当初は自分達の派閥に引き込もうとする連中が後を絶たず、なまじ身分だけは高い者がほとんどだったため、無下にするわけにもいかなかったという。



「本当にね……それにする?」

「ああ」



 先ほども言った通り良し悪しが分からないので、適当な物をチョイスして【仕立て人テーラー】に手渡す。一度試着を行い、細かい採寸を行うためローブを脱ぐように指示された。



「随分と大きくなったんじゃないか?」

「オカンかよ。それを言うなら、俊の方が成長してるだろ」



 恐らくはお互いの戦闘スタイルの違いからだろうが、俊の方が体の成長度合いは大きい。俊も俊で、この三年間は過酷な生活を送っていたのだろう。実際に試着してみたスーツは、俺よりも一回りくらい大きなサイズ感だった。



「採寸は以上です、すぐに手直しいたしますね」

「ありがとうございます。じゃ、英夢、行こうか」

「またどこかに?」

「うん、折角だから身綺麗にしておいた方が良いだろ?」



 そう言った俊に連れられ、俺は色々な場所を回った。風呂に入り、髪を整え……そんな感じで連れ回されていると、マーティンに行った初日、ガイさんに連れられたあの光景を思い出す。



「あれ、そういやガイさん達は?宴も欠席するのか?」

「いや、流石に出るらしいよ。二人は自前の礼服があるからって、部屋で休んでるみたいだけど」

「へぇ、そうなのか」



 カルティさんはともかく、いい加減そうなガイさんが礼服を持っているのは意外だった。とはいえマーティンでも高級理髪店の知り合いがいたし、気にするところでは気にする、ということなんだろうか。





♢ ♢ ♢





「おう坊主」

「……誰ですか?」



 部屋に戻るとそこにいたのは、別人に思えるほど見違えたガイさんの姿があった。軍人というより、商会の会頭のような雰囲気が出ている。それにしちゃ流石にガタイが良すぎるが。



「おい、それはいつもの俺に失礼だろ!」

「冗談ですよ、随分男前になりましたね」

「がっはっは!俺はいつでも男前だけどな!」

「声がデカイよアンタ」



 ガイさんに苦言を呈するメルティさんも、控えめながら清楚感を感じさせる紺色のドレスに身を纏っている。



「よくそんな服用意してましたね」

「王都に知り合いの料理人がやってるレストランがあってね。そこそこいいとこらしいから、もしかしたら必要になると思って持ってきていたんだが……まさかこんな場面で使うことになるとは思っていなかったよ」



 それはそうだろう、勇者と出会うためには何らかの形で王族に接近することになると思っていたものの、宴に参加するというのは流石に想定外だった。



「そういうエイムも、見違えたねぇ」

「そうですかね?」



 今の俺は俊から借りたスーツを着ており、髪の毛も邪魔にならないよう、カジュアルめのオールバックにしている。スタイリストさんのアイデアで、メッシュの部分だけ前に下ろしている感じだ。



「あとは姫様達を待つだけか」

「そろそろ始まってもおかしくない時刻ですから、すぐに来ると思いますよ」



 現在は夕方、窓から見える景色は、そろそろ夕日が沈み切りそうな感じだ。宴の正確な開始時刻は知らないが、きっと係の人が呼びに来てくれるだろう。



 そんなことを考えていると、扉からノックの音が聞こえる。



「入りますわよ」

「お姫様のお通りだー!」



 入ってきたのは、気品に溢れながらも情熱的な赤いドレスの王女様と、彼女らしい陽気なオレンジ色のドレスを着たなぎさだ。



「シュン様、いかがですか?」

「相も変わらずお綺麗ですね、殿方の視線を独り占めしてしまいそうです」

「うふふ、私はただ一人から見てもらえればそれで満足なのですがね」

「どーお?英夢君!」

「ああ、可愛いと思うぞ」



 なぎさも綺麗だが、どちらかというと「可愛い」というイメージが先に来る。本人の性格を知っているからこそそう思うのかもしれないが。



「えへへー。そのセリフ、シルヴィちゃん達にもちゃんと言ってあげるんだよ?」

「なんでお前に釘を刺されなきゃならないのか……言われなくてもそのつもりだ」



 少し気恥ずかしい気持ちがあるのは事実だが、こういうのは正直に褒めるべきだろう。俺自身、二人のめかし込んだ姿は楽しみにしているし。



「入ってー!」

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