242.国王への謁見 前編

 煌びやかな装飾が施された門をくぐり、車は少し速度を緩める。



「ここが王城か」

「大きいね」



 リーゼはあまり驚いているように見えないが、王城は呆れるくらいにでかい。多分某ねずみ王国の城よりも遥かに大きい。煌びやかな門と違い、城自体は威厳と風情を重視しているような印象を受ける。



「ここで降りましょう」



 車を降りて、大小様々な花達で彩られた庭園の中を歩く。こういう時に庭師の苦労を真っ先に考えてしまうのは、少しナンセンスなのかもしれない。



「ってあれ、ガイさん達は?」

「別室で待っとくだってー、自分達は何もしてないからって」

「船を守るのは重要なことだろうに」

「あれは多分、国王に会いたくないんだと思いますよ~。目上の方の対応が苦手なんじゃないでしょうか~」

「多分そうだよね、謁見の話をしたら露骨に嫌そうにしてたもん」



 まぁその気持ちは分かる、俺も正直に言わせてもらえばかなり億劫だ。ここで断っても後々呼び出される気がするので断りはしないが、出来ることなら俺も一緒に別室に行きたい。



「なら仕方ないか……今更ですけど、服装とかこのままで大丈夫なんですか?」

「ええ、軍人の正装と言えば鎧やローブですから。謁見の間では基本的には私とシュン様で対応するのが慣例ですが、今回はことがことですので、お三方にも確実に会話の機会がやってくるかと」

「少し不安はありますが、まぁ頑張ります」



 車の中で大丈夫だとは伝えられているものの、それでも不安が拭いきれないのは仕方ないだろう。国王と会話する機会なんて、一生に一度もない人間がほとんどなのだから。



(あれが……)



 謁見の間で最奥に座る国王は、鎧並みに重そうな礼服を身に纏った恰幅のいいご老人だ。王としての威厳に満ち溢れた力強い眼光で、俺達のことを見つめている。高校生だったころの俺なら、少し気後れしてしまったかもしれない。



「勇者達よ、良く帰還した。そして、本当によくやってくれたな」



 その言葉と同時に、ずらりと並ぶ騎士達が剣を一斉に掲げ、金属音を鳴らす。恐らくは祝福の儀礼か何かだろう。



「ありがとうございます」

「是非とも、迷宮の主との激戦を語ってはくれぬか」

「お父様、私達は迷宮からそのままやって来て疲弊しております。それについては後ほどまた別の機会で」

「おっと、そうであったな。すまぬ……それはそれとそして、何か望みはあるか?迷宮攻略という歴史に名を刻む偉業を成し遂げたのだ。こちらとしても可能な限り応える準備はあるぞ」



 俊はしばらく考え込むような素振りを見せたが、やがて首を振った。多分俊のことだから、考え込んでいたのは演技で、答えは最初から決まっていたような気がする。



「全ては自分の望みのため、行ったことでございますので」

「相変わらず欲のない男だな……ふむ、望みか」



 国王の鋭い眼光が、俺の体を射止める。感覚からして『威圧』を使っているわけではなさそうだが、並の人間なら失神してもおかしくない威圧感だ。流石は一国を統べる存在、スキルに頼らずに自らの威厳を体現している。



「……そこの男が?」



 俊は無言で頷く。



「『藍髪の銃士』。発言を許す、我に名を教えてくれるか」

「エイム・テンザキと申します」



 突然嫌な呼び方が聞こえて動揺しかけたが、何とか堪えて名を名乗る。輸送船に乗るまで知らなかった自分の二つ名が、意外と広まっているようで非常に複雑だ。



「勇者とはどのような関係なのだ?」

「幼い頃からの、大切な友人であり恩人です」



 この言葉に偽りはない。俺が腐っていたとき、俊やなぎさが居てくれたから、今の俺があるといっても過言ではない。


 その言葉を聞いた国王は愉快そうな笑みを浮かべ、傍らに控えていた文官から資料を受け取った。



「カミラからの脱出、黒の魔獣討伐、十王撃退、古代遺跡攻略、そして海底迷宮の攻略助力……くくっ、詐欺師でももう少しましな経歴を用意するぞ」



 口振りからして俺のことを疑っているというより、面白がっているような印象を受ける。仮に疑っていたとしても仕方のないくらいの経験をしているのは事実なので、不快感は全くない。



「まさか勇者や賢者以外に、ここまで頭角を現す日本人がいるとはな」

「自分一人の力で成しえたことではありません、自分を支えてくれる存在がいたからこそ、達成できたことです」

「……なるほど、勇者とよく似た目を持っている」



 その言葉と共に、国王はしばしの間思考の海に沈む。俺の浅慮な頭では、今の国王が一体何を考えているのか、想像することもできない。


 しばらくして瞳を開いた国王は、次にシルヴィアへと視線を向けた。



「久しいな、ドレグの娘よ」


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