241.公爵令嬢 後編
「でも、後悔はしてないわよ。苦々しい思い出が出来てしまったことも事実だけど……今は最高の仲間もできたしね?」
「……そうか」
そんなシルヴィアの突然の言葉に、俺は顔が熱くなってくるのを感じる。シルヴィアは狙ってやっているから質が悪い。
俺自身、一般的な家庭とはかけ離れている生活を送っていたわけだが、いいとこの生まれというわけではない。だからきっと、シルヴィアの気持ちを完全に理解することはできないだろう。そもそも、文字通りの意味でも住む世界が違っていたのだ。
公爵家として生まれ、子供の頃から周囲の期待を胸に努力を重ねる。もし自分が同じ立場に立った時、俺は一体どういう生き方をしていただろうか。
「再び王都を訪れた以上、どこかのタイミングで家から呼び出されると思うわ」
「そん時は、俺達も付いて行くからな」
「ん、行く」
♢ ♢ ♢
そんなエイム達の様子を見て、優し気な表情を浮かべる者が一人。【
(英夢。君もようやく、僕達以外にそんな顔ができるようになったんだね)
元よりエイムは、別に人間嫌いだったわけではない。ただ、人付き合いを面倒だと思っている節はあったし、幼少期の経験のせいで、同世代の人間とは価値観が大きく異なっていた。
だが今は、こうして仲間を慮り、仲間の想い受け入れている。そんなエイムに対し、シュンは懐かしさを覚えていた。
「マリア様。実際のところ、シルヴィアさんが刑罰を受ける可能性はあるんですか?」
シュンは横に座る王女に目をやり、彼女が罰せられることあるのかと問う。
「そうですわね、まず王国が動くことはないでしょう。責務を放棄し逃げ出すというのは、確かに貴族として褒められた行為ではありません」
「………」
「ですが、シルヴィアは軍人として民を守る活動をしています。あれだけの功績を収めていますし、立派に責務を果たしたと言えるでしょう。場合によってはシュン様や私達を助けたと広く喧伝すれば、少なくとも表立っては手を出せないでしょうね」
「……そうですか」
安堵の息を吐くエイムとリーゼ。だがマリアは、「ですが」と言葉を続ける。
「公爵家に関してはどう動くかは分かりませんね。向こうからすれば家に泥を塗られた形になりますし、あの家と騎士団の関係の深さは今も健在です。流石に私情で団を動かすのは王国側が許さないでしょうが……何らかの形で報復に出ることは、十分にあり得るかと」
「まぁ、そうですよね」
マリアの言葉を聞いても、シルヴィアが動じた様子はない。元よりそれを考慮したうえで、エイムと共に王国に戻る決意をしたのだ。今更怖気づく理由はない、ということだろう。
「こっちに全く非がない、ってわけでもあれませんから。罪を償えというならしっかり償いますよ。戻ってこいというなら、絶対にお断りですけどね」
「ふふっ。強くなりましたね、シルヴィア」
「ええ、外に出なければ、この強さは手に入らなかったと思います」
バツの悪そうな表情は消え、今は気楽な表情のシルヴィア。今まで隠していた事実をエイムやリーゼに打ち明けることで、胸のつかえが取れたのだろう。
「ま、いざとなれば……どっか誰もいない場所にでも逃げるか」
「ん、私達の森がいい。二人なら大歓迎」
♢ ♢ ♢
「……で、俺達今どこに連れていかれているんでしょうか」
とりあえずの行動指針も決まったところで、エイムは先程から気になっていたことを尋ねる。王都は広く、徒歩で移動するには骨が折れるなんてレベルではなかったために大人しく乗ったが、行き先は聞いていない。
「言ってませんでしたっけ?王城ですわよ」
「王城!?」
「ええ、当然でしょう。私は王族ですし」
うん、まぁそれは分かる。だがいきなり王城に行くことになる一般人の気持ちも、少しは考えて欲しい。
「そもそも、俺達が入れる場所なんですか?シルヴィアはともかく、俺やリーゼは素性の分からない一般人ですよ」
「お二人が一般の方かどうかは議論の余地がありますが、それに関しては問題ありません。私が呼んだ車が城に向かっている時点で、向こうからの許可も下りているということですから」
「多分、今回の探索は成果が大きいし、国王との謁見になるんじゃないかな」
「……それは俺達も?」
「うん」
「マジか」
いつか会ってみたいとは思っていたが、こんなに早く機会がやってくるとは。いきなりすぎて気後れしてしまう。今まで貴族らしい貴族の相手をしたことがないし、王国の作法も全く知らない。
「えーと、俺、その辺の作法とか全然分からないんだが」
「大丈夫だよ、国王は多少の無礼で機嫌を悪くするような人じゃないから」
「つっても、【
俊はどんな場所でもその場に相応しい対応をするし、何より今は【
「本当に大丈夫だってば、なぎさがいつもの感じで接しても怒らないし」
「それは確かに大丈夫そうだわ、一気に安心した」
後ろから聞こえてくる賢者のくしゃみは、車の駆動音によって掻き消えた。
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