239.シルヴィア・グリードハイド

(……グリードハイド?)


「戻って来たのか」

「そんなわけないじゃない、もうその名前も捨てたわ」

「そんな身勝手な真似が……許されると思っているのか!!」



 エルドリッドは激昂しながら抜剣し、その切っ先をシルヴィアに向ける。それとほぼ同時に、後ろの騎士団もそれぞれ剣を抜いた。



「貴様のせいで、私やグリードハイド卿がどれだけ被害を被ったと思っている!」

「はぁ……お父様はともかく、貴方の被害は自業自得でしょう」

「黙れ、騎士ナイト崩れの落ちこぼれが!」



 いつになく冷めきった様子のシルヴィアと、激昂するエルドリッドが対照的だ。騎士団も似たようなもので、「そうだそうだ!」と怒号を上げながらシルヴィアを睨みつけている。



「ちょっと……」

「あなた達ねぇ……!」



 たまらず俊や先生が仲裁に入ろうとするが、俺はそれを手で制した。今の俊達は勇者一行、下手に対立してしまっては、後々の立場に響く可能性がある。


 ──だからといって、こいつらの愚行を無視するつもりもないが。



「なっ……ぐっ…!」

「う……」「ひっ」



 俺は『死圧』を発動させ、辺り一帯の騎士達を濃密な死の空気で包みこみ、ぴりぴりとした視線を一蹴する。



「……まぁ、俺はシルヴィアと知り合ってから一年も経ってないし、過去の話も聞いてないから、あんま確信めいたことは言えないけどよ」



 そのままゆっくり、相手の恐怖感を煽るように歩き、シルヴィアを彼らの視線から遮る位置で立ち止まり、思い切り睨みつける。



「それはさておき……勇者の救出、十王の討伐に助力した人間の出迎えではないな、これは」

「き、さまぁ!!この場で切り捨ててやっても良いのだぞ!!」

「面白い冗談だな、アンタが俺を?やれるものならやってみろ」



 そもそも『死圧』の効果が働いている時点で、俺とエルドリッドの実力差は見えきっている。死の恐怖に晒されながらも反抗するその精神力は、流石は騎士団長と言ったところだが、所詮はそれだけだ。



「王国を敵に回すつもりか?」

「主語がでかいんだよ……ま、いざとなればそうするつもりではあるな」

「……私も、王国に忠誠なんて欠片もないし」



 エイム程露骨なものではなかったものの、リーゼも思いは同じなようで、フードの奥から厳しい視線を送っていた。


 正義は自分にある、そう思い込んでいたエルドリッドは、にもかかわらず不利なこの状況に青筋を立てて剣を強く握る。いつ斬りかかられてもいいよう、俺は体を脱力させ、臨戦態勢を整えた。



「そこまで!双方、矛を収めなさい!」



 パンッ!と音を立てて手を叩き、俺達の間に立ったのは、俊達のパーティーメンバー、そしてアルスエイデン王国で王に次ぐ高位の存在……王女であるマリア様だ。


 流石のエルドリッドも王族の言葉は無視できないのか、渋々と言った様子で剣を鞘に収めた。



「貴方も、矛を収めなさい」

「いや、元よりこっちは武器を抜いていないんですが」

「その『威圧』を解きなさいと言っているのです」

「もう解いてます」



 後ろの騎士達の怯えが残っているのは、単に実力差を痛感して恐怖しているだけ。もう俺は何もしていない。スキルを解除していなければ、剣を鞘に収めるという「行動」を後ろの騎士達が行えるはずがない。



「……そうですか。とにかく、この件は私が預かりましょう。騎士団あなたたちは持ち場に戻ること。それと陛下に報告する際、こちらに車を一台……いえ、二台寄越すように言ってくださる?」





♢ ♢ ♢






「で、僕達に言いたいことは?」

「あーその……すまなかった。いや、すみませんでした」

「こちらの落ち度でもありますけれど……もう少し、冷静な対応をお願いしたかったですわね」



 俊達の立場を悪くしないよう、自分が矢面に立ったが、結果として事態を大きくしてしまったし、最終的にはマリア様の手を借りてしまった。どちらかというと騎士団を守るための行動だったとは思うが、向こうからすればそうは見えないだろう。


 迎えの車は一台に全員が乗るのは不可能だったため、俺、シルヴィア、リーゼ、俊、マリア様の五人と、なぎさ、一ノ瀬先生、ガイさんとカルティさんの四人に分かれた。



「それを言うなら私が……ごめんなさい、巻き込んでしまって」

「……まぁ、そっちは全然良いんだけど」

「隠し事は、ちょっとショック」



 うん。俺もどちらかというと、こんな面倒事を隠されていた事実の方が残念だ。わざわざ過去のことを打ち明けろとは言わないが、王都に来ると決まった時に相談くらいはして欲しかった。



「俺達は仲間だ、面倒事も一緒に背負うさ。だから、俺達に話して欲しい」

「ん。私もシルヴィのこと、もっとちゃんと知りたい」

「……そうね、聞いてもらえるかしら」

「ええと、それ僕も聞いて良いの?」

「つまらないかもしれないけど、聞いて欲しいわ。王国に所属する限り、私の家のことは知っておいた方が良いと思うから」

「……うん、分かったよ」



 姿勢を正し、覚悟を決めた表情でシルヴィアは口を開く。



「私の本当の名前は、シルヴィア・グリードハイド。アルスエイデン王国、グリードハイド公爵家の長女なの」

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