237.再来の悪魔 後編
「さーて、このまま行くと勇者を相手取るときに多少苦労しそうではあるが……ま、最悪アイツなら一人でも何とかなんだろ」
「おいおい、俺ら相手にまだそんな余裕かましてんのか?」
「舐められたものだねえ……アタシ達は眼中にないってのかい」
凄まじい衝突を終えた後、未だに三人の闘志は衰えておらず、むしろ膨れ上がっているように見える。衝突によって黒雲は消え去り、大海原の頭上には青空が広がっているが、まるで稲妻が降り注いでいるかのような空気感が、一帯を支配していた。
「くははっ、そりゃそうだろ。確かにアンタらは強い、【
漆黒に染まる雷を迸らせながら、上空高くに飛び上がり、グリゴールは二人を睥睨して呟く。その様子は、雷を統べる王としての正しき姿であった。
「それでも、俺とアンタらじゃ生物としての格が違う。時々飛び出る杭がある事は認めざる負えんが、それでも上下関係が逆転する時ってのは上が油断してるときに限るもんだ。今この状況、俺が油断してるように見えるか?」
「「………!!」」
雷の悪魔の質問に、二人は答えない。幾多の戦場を潜り抜けてきた二人をもってしても、今目の前の悪魔が見せる存在感を前に、体の強張りを抑えることができなかったのだ。
「勇者みてぇな特別な存在ならともかくっ!?」
「何だ!?」
突如として荒れ狂う力の余波が三人へと襲い掛かり、グリゴールとガイは耐えきれずに空中でふらつく。すぐに態勢を戻したが、突然の事態にこの場の全員が動揺を隠しきれない。
三人の戦闘によって元より荒れ果てていた海は、まるでその根源から逃げるかのようにうねりを上げ、それは津波となって広がっていった。
「くっ……ガイ!!」
「ちっ、しゃーねーか!」
ガイはすぐに『空歩』を解き、船に戻って操縦を行い、荒れ狂う海の中で船が転覆してしまうのを防ぐ。そろそろ『
それよりも問題なのは、この大波を引き起こした根源だ。直接的な攻撃を加えられたのではない。にもかかわらず、これだけ周囲へと影響を及ぼしている。グリゴールの襲来の時にも似たような事が起こったが、今回のそれは桁違いの影響力を持っていた。
「アイツじゃねーよな?」
「自分の力を御しきれない程間抜けじゃないだろうよ。それに力の源泉は、地下にあるみたいだね」
グリゴールもカルティと同じ結論に至ったようで、二人のいる海面の更に下、海底の迷宮へと厳しい視線を向けている。
「俺達を狙ってるわけじゃねぇ……ただの力の余波で、この有様だってのか……」
「一体誰が……まさか、勇者?」
「……違う」
そう呟いたのは、遥か上空を漂うグリゴール。
「勇者じゃない。まだ今代の勇者とは相まみえてねぇが、あれがこんなにも邪気を纏った攻撃を放つはずがねぇ」
(しかもこいつは俺と同じ雷の属性……それも俺以上の格、だと?)
だがそれはあり得ない、雷王・グリゴールは文字通り『雷の王』。もし世界のどこかでグリゴール以上の雷の使い手が現れたとすれば、その存在こそが新たな雷王となる。しかしグリゴールは、今も十王としての権能を自覚していた。
「……アイツらか」
唯一あり得るとすれば……王を超える力を持っており、王の、世界の理から外れた存在。
「チッ……流石に今アイツらと殺り合うのは御免被りてぇなぁ。何でこんなとこにいるんだか」
戦いを最大の生き甲斐とするグリゴール、だがだからと言って……だからこそ、今この場で上位存在と敵対するのは、望むところではなかった。
「アイツも気の毒に……ま、運が良ければ蘇生してもらえんだろ」
「……逃げるのか?」
「俺としても、勇者の顔も拝まずに戻るのは本意じゃねぇんだがなぁ。小言が増えるしよ」
自身の翼を広げたグリゴールは、一度大きく翼をしならせ、離脱を図る。
「させるとでも?」
「おい、やめとけ」
すかさずカルティが追撃を加えようとするが、ガイがそれを制した。二人の目的は船の防衛、向こうから離脱してくれるということであれば、それを止める理由は存在しない。
それにガイも、先程『
そのまま何もせず自分の姿を眺めるガイとカルティに対し、グリゴールは声を張り上げ、二人に語りかける。
「あばよ!人間の強者共!今度はもっと整った場で殺り合おうぜ!」
「うるせぇ、二度とごめんだっての」
「右に同じだね」
こうしてガイ・カルティとグリゴールとの戦いは、グリゴールの離脱という形で終焉を迎えた。
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