235.再来の悪魔 前編
♢ ♢ ♢
「坊主達、大丈夫かねぇ……」
「今更心配しても無駄だよ、アンタ」
エイム達が迷宮の真上まで辿り着き、迷宮への潜入を開始してしばらく、迷宮の上では二人の軍人が大海原の中を漂っていた。
これまで何度か魔獣の襲撃に遭った二人だが、ベテランの領域に足を踏み入れているガイとカルティの敵ではない。海という圧倒的に不利なフィールドを考慮しても、二人と船を傷つけられる魔獣は姿を現さなかった。
「つってもよぉ、心配なのは仕方ねぇじゃねぇか」
「あのねぇ、エイムはあのカミラを生き抜いたんだ、心配する方が無駄ってやつだ。むしろ心配すべきは勇者様達のほうじゃないかねぇ?」
エイム達を心配ガイに対し、カルティは勇者達の身を案じている。エイムは数ある迷宮の中でも地獄と名高いカミラの迷宮で三年間生き延び、そして脱出した恐らくは世界で唯一の存在。今更迷宮攻略でヘマをする姿を想像する方が難しい、というのがカルティの考えだった。
では勇者の実力の方を疑っているのかというと、当然ながらそういうわけでもない。勇者の実力を疑っているわけでも、侮っているわけでもなく、ただ単純に勇者の実力を知らないからこそ心配しているのだ。
「気になっちまうのは分かるけどね。私達の仕事はこの船を守り、あの子達の帰るべき場所を維持することだ」
「……ま、それもそうだな」
「分かったならしゃんとしな……ガイっ!」
「……ほーん?」
刹那、二人の纏う空気が変わる。それはエイムやシルヴィアの前では今まで見せたことのない、歴戦の戦士としての気迫だった。
そんな二人に呼応するかのように、途端に海が荒れ、文字通りの暗雲が立ち込み始めた。周囲の魔獣達が、ガイとカルティ、そして急速で接近してくるもう一体の存在感に気圧され、逃走を開始しているのだ。
「こりゃ只者じゃねぇな……
「探索前からこんな荒々しい覇気を纏ってくる奴がいてたまるかい……来るよ!」
現れたのは、一体の悪魔。空を旋回し、ガイ達を頭上で止まり、見下ろすような形で獰猛な笑みを浮かべている。もしこの場にエイム達が居れば、悪魔のことをこう呼んだであろう。
──雷王、グリゴールと。
「なんだぁ?今代の勇者の顔を拝みに来たんだが……随分な上物が落ちてるじゃねぇか」
「その体躯、そしてその禍々しいオーラ、お前が噂に聞く十王か?」
「ほう?俺のことを知ってるのか、話が速くて助かるねぇ……如何にも。俺は十王の一席、雷王グリゴールだ」
グリゴールがガイの言葉を肯定した瞬間、その体が業火に包まれた。グリゴールは一瞬驚いたような表情を見せたものの、すぐに翼を使い炎を吹き飛ばし、先程までと同様の獰猛な笑みへと表情を戻す。
「穏便に済ませられるならそれが一番なんだけどねぇ……残念ながら、アンタ相手はそうもいかない」
「ハハッ、穏便だぁ?元よりそんなつもりはねぇ癖によく言う、ぜっ!」
グリゴールはお返しと言わんばかりに、船に向かって雷撃を撃ち込む。それは一撃で船を粉々にするだけの威力が込められたものだったが、ガイは自身の大盾で完璧に防いで見せた。
「クハハッ!イイねぇ!前哨戦にしちゃ贅沢すぎるなぁ!」
「カルティ、船は頼むぜ」
「あいよ」
ガイはそう言うと海へと身を投げ出し、そのまま飛び込む……のではなく、水面に両足を付けて着地する。エイムやシルヴィアが使用していたスキル、『水上歩行』だ。『水上歩行』は通常、水面を常に動き続けなければいけないが、使用に慣れると今のガイのように静止することもできる。
両者は睨み合い、しばしの静寂の後、
「『
黒色の轟雷が、ガイの元へと襲い掛かる。エイムが繰り出したそれに比べれば幾分か威力は劣るものの、人ひとりを殺すには十分すぎる一撃だ。だがガイはその場から動かず、大盾も構えずに不動の姿勢を見せる。
「ハハッ!余裕だな、おい!!」
そう言いながらも、グリゴールは一切の油断をしていない。『
「『
「あん!?」
凄まじい力の奔流がガイの元へと集まり、暴風となって吹き荒れる。風はそのまま竜巻となり、グリゴールの雷を飲み込み吸収していく。流石のグリゴールもこの竜巻の中に突っ込む勇気はなかったらしく、一度上空へと離脱した。
「盾持ちの正体は【
「俺達には一番コイツが合ってるんだよ」
竜巻の中から現れたのは、雷と旋風をその身に纏い、変わり果てた姿のガイ。荒々しいその覇気は、目の前とグリゴールと比べてもなんら遜色はない。
「この姿を人前に見せるのは、随分と久々だなぁ……アイツらに見られると面倒だからな、早々に決めさせてもらうぜ」
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