234.脱出

海割モーザ



 リーゼがそう呟いた瞬間、海が割れる……流石にそれは過大表現だが、海の中に小さな穴が空き、そこから太陽の光が届く。



「全員であそこまで行く、エイムは私を抱える」

「はいよ」



 この距離くらい泳げなくてもいけるだろ、と言いたくなる距離ではあるが、今のリーゼは海の底から海上にまで影響を与えるような魔術を行使している。なるべく集中させておいた方がいい。



「息は止めとけよ」

「ん」



 俺も口を閉じ、迷宮の外へと身体を投げ出す。瞬間、凄まじい水圧が襲い掛かるが、すぐに穴の部分に到達したため、その圧力は一瞬で消え去った。



「へぇ……人間は普通に通るんだ。迷宮の出入口と同じような感じなのかな?」

「維持は出来ないから、そのうち飲みこまれる……驚く準備、しておいて」



 迷宮に入るときはこの穴の部分に飛び込むだけでよかったが、今回は上に行かなければならない。流石に跳躍してどうにかなる高さではないため、海上へ上がるためにはもう一工夫必要だ。



繁栄の巨大樹アルベロ・プロスペ

「「「!?」」」

「大丈夫だから動くなよ、落ちたら面倒だから」



 地面から生えた巨大な植物が、俺達を乗せて海上へと急激に成長していく。


 勇者一行が一斉に地面に異変を感じて身構える。気持ちは分かるが、落ちるとそのまま海に投げ出されることになってしまうので、我慢してほしい。



「これは、凄いね……!」

「海上まで一直線だ―!」

「これが噂に聞く精霊術……【賢者セージ】に匹敵する万能性ですわね」



 ほとんどの魔術を行使することが出来るらしい賢者なぎさとは異なり、リーゼの精霊術は、その場所によって威力や効力が異なる。最近では無理矢理ポテンシャルを発揮させることも出来るようになってきているらしいが、その場合は魔力を多大に消費するそうだ。


 海の上までせり上がった植物は、最後に大きく俺達を上へと放り投げ、塵となり消える。同時にぽっかりと開いていた穴もその姿を消した。



「ぷはぁ!リーゼ、離れるなよ」

「ん」

「あっという間だったねー!」

「そうだね……英夢、この後は?まさかここから王国まで泳がせるわけじゃないだろう?」

「ああ、多分どっかに……」

「おーーーーい、坊主達ーーー!」



 ほどなくして、聞き覚えのある大声が俺達の耳に入る。ガイさんだ。小船を操縦し、俺達が浮かぶ場所まで船を進めてくれる。



「ガイさーーーん、こっちです!!」

「坊主、誰も欠けちゃいないよな?」

「ええ、全員無事です。この通りね」

「で、兄ちゃん達が勇者様一行か」

「とりあえず乗りな、話はそれからだよ」



 カルティさんに促され、俺達は船へと乗り込む。流石にこの人数だと少々手狭だが、文句は言ってられない。



「この二人はガイさんとカルティさん、パーティーメンバーってわけじゃないが、色々と世話になってる人達だ」

「ガイだ。よろしくな、勇者の兄ちゃん達」

「カルティだよ、みんな無事なようで何よりだね」



 まずは俺が間に立ち、それぞれのことを紹介することにしたのだが、二人とも、何故だか若干声が固い。勇者である俊相手に緊張している……いや、王女様の方か?



「で、こっちが俺の幼馴染の【勇者ブレイヴ】の俊と【賢者セージ】のなぎさ、以前俺達の先生だった【忍者シノビ】の一ノ瀬先生と、勇者パーティーである【聖者セイント】のマリア様」

「竜胆俊です」

「菊池なぎさです!」

「一ノ瀬です」

「マリア=アルスエイデンですわ」



 マリア様の自己紹介を聞いても驚いた様子を見せない辺り、やはり二人は顔を知っていたんだろう。流石の二人と言えど、緊張してしまうのも無理はない。マリア様もそれに気付いたのか、淡く微笑みながら、



「今の私は王国の第二王女ではなく、【勇者ブレイヴ】である俊様のパーティーメンバーとしてこの場に居ますわ。どうかそのように接してくださいませ」

「お、おう……分かった」

「……そっちはそっちで緊張しちまうけどね、了解だよ」



 確かに、王族程ではないのかもしれないが、勇者一行というのも一般的に見れば十分雲の上の存在だ。だがそれでも多少緊張はほぐれたようで、二人の態度が軟化したのが分かる。



「二人には俺達が迷宮に潜ってる間、船を守ってもらっていたんだ」



 ここは魔獣が蔓延る海のど真ん中、危険なのは言うまでもなく、特にここ一帯は迷宮の上にあるということもあり強力な魔獣が棲息している。当然船だけを放置すればどこかへ流されて行ってしまうか魔獣に破壊されてしまうため、誰かが残らなければならなかった



「元々俺達が急行したのも、港に船を守り切れないと判断し船員が逃げ帰って来た場面に遭遇したからだからな。生半可な人員じゃ船を守れないし、だからといって俺達が上に残るのは本末転倒だ」

「ガイさんが船の操縦を出来たのは、幸運でしたね」

「がっはっは!十年振りだから安全運転は受け付けてないけどな!」



 そう言いつつも得意げなガイさんだが、実際船の操縦を出来るのは驚いた。オールで漕ぐタイプの小舟ならともかく、魔力駆動の船の操縦なんて、以前の世界じゃほとんど必要のない技術だったと思うんだがな。



「上、大丈夫だった?」

「んー?」



 俺達が迷宮に潜っている間の様子を尋ねるリーゼに対し、ガイさんはカルティと目を合わせ、お互いにニヤリと笑う。



「何もなかったぜ、なぁカルティ?」

「ああ、そうさね」

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