232.帰路での語らい 前編

「そろそろ~、帰るとしませんか~?」



 先生のその一言により、俺達は全員で帰路に進むことになった。まだまだ体に疲労は残っているが、マリア様の魔力が回復したお陰で俊の傷も塞がったし、上では俺達の帰還を待っている人達がいる。あまりゆっくりはしていられないのだ。


 だが、俺達の足取りはかなり重い。俊達は傷が塞がったとはいえ精神的な疲労を隠しきれていないし、俺達もかなり無茶をして最深部まで強行したため、これ以上の連戦は避けたいところだ。周囲警戒に加えて疲労を抑えながらとなると、どうしても速度を犠牲にしなければならない。



 だから足取りは遅いが、それは悪いことばかりでは無い。魔獣を引き寄せないよう声を抑えながら、俺達はこの3年という時間を埋めるべく、会話を重ねていく。



「そういえば、二人はどうやってその職業に就いたんだ?職球ジョブスフィアは使ってないんだろ?」

「うん?ああ、僕はしばらく経ったら、突然頭の中に声が聞こえて来たんだよ。自分で選んだというより、強制的に就かされた感じかな?」

「私もおんなじだよ~、俊君よりちょっと後だったけどね」



 頭の中の声というと、あの新たなスキルを取得したときに聞こえてくる声と似たようなものか。日本に支給された職球ジョブスフィアは二人の身柄と交換する形で王国側から贈与されたものだから、順序が逆なのが少し気になっていたんだよな。



(そういえば、二人の身柄は今も王国側にあるんだよな……そこまで行動が制限されているようには見えないが)



 何せ彼らの中にいる王国側の人間といえば、王女であるマリア様ただ一人。その王女も俊に対して恋慕を抱いていることを考えると、監視役としてあまり適しているとは言えない。その気になれば逃げだすことも不可能ではなさそうだ。



(こいつの性格から考えて、そんなことはしないだろうけど)



 もし俊やなぎさが王国から姿を眩ませれば、確実にそのしわ寄せは日本に行く。それは俊の本意ではないだろう。俊がそのリスクを顧みない人間なら、そもそも一連の交換条件自体が成り立っていない。



「先生は?」

「私は普通に職球ジョブスフィアを使ったわよ~。出てきた職業の中から、一番戦えそうなものを選んだの~」



 俊やなぎさの知り合いということもあり、優先的に職球ジョブスフィアを使うことが出来たらしい。そして二人の後を追うようにして、王国の地に足を踏み入れたそうだ。



「アンズ様には、王国の斥候部隊の指導を行ってもらったりしていますの。以前の騎士団にはそういった人材が不足していましたから、父も大変喜んでいますわ」

「あはは~、照れますね~」



 マリア様の父というと……国王か。恐らく俊達は顔を合わせたことがあると思うが、今の表情を見る限り悪感情を抱いている様子はない。


 俺は友好条約のせいで今のところあまり良いイメージを持っていないが、そこまで悪い人ではないのかもしれない。機会があれば、是非一度会ってみたいものだ。



「先生はこんな世界になっても『先生』なんですね」

「意識してそうなってるわけではないんだけどね~。教えるのは嫌いじゃないから、別に良いのだけど」



 三年経ち、俺達の「教師と生徒」という関係性には、頭に元という言葉が付く。だが不思議と、俺は先生のことを一ノ瀬さんとか、杏さんと呼ぶ気にはなれない。それは今でも俺の中の認識が、「先生」だからなんだと思う。



「それで先生が合流したタイミングで、僕となぎさもある程度戦えるようになっていたから、列島を巡ることにしたんだ」

「列島を?」

「ああ、表向きは修行と調査という名目でね」



 自分自身が、来たる強敵との戦いに備えるため。そして、その在り様を大きく変えた日本列島の姿を今一度調べるため、俊達は今のメンバーに数名の護衛を加えた状態で、列島を縦断したんだとか。



「勿論、ほんとの理由は英夢君を探すためだったけどねー!」

「……それ、王女様の前で言って良いのか?」

「私は事前に貴方のことを聞かされていましたし、父も何となく別の目的がある事は察していましたから大丈夫ですわよ。目的から大きく脱線したわけでもありませんしね」



 自分を探すためにそこまでしてもらっているというのは、申し訳ないというか、なんとなく気恥ずかしい思いがある。まぁ、俺も逆の立場なら同じことをしていたとは思うが。実際地上に出てからは、それとなく俊達の行方を追っていたし。


 だが俺は当時の俊達では攻略が困難な迷宮の内部にいたため、結局見つけだすことはできず、今度はこうして各地の迷宮探索に乗り出したらしい。



「英夢が死んでいるとは、どうしても思えなかったからね」

「まぁ、実際生きていたわけではあるが……随分と無茶をする」

「他の迷宮はともかく、ここはそのうち攻略予定ではあったから」



 王国と列島の間に位置し、さらに強力な魔獣が蔓延るこの迷宮は、双方にとって悩みの種だった。だが魔獣の脅威度に加え、もしもの時の撤退の難しさから中々攻略には乗り出せなかったそうだ。



「今回はちょっと危なかったけど」

「ちょっとどころじゃねぇ……最奥に十王と迷宮の主が待ち構えているってのは、流石に予想できないとは思うが」

「十王か……あんなのがあと九人もいるんだねぇ」



 因みに海王カナロアの魔石は、先生が自身のに収納してある。どうやら【忍者シノビ】のスキルらしいが、そのスキルは少々忍者という職業から逸脱したスキルな気がするのは俺だけじゃないだろう。

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