229.海王の終焉

 それはかつて俺達を苦しめた十王、雷王グリゴールが使っていたスキル。


 グリゴールは掌から使い、俺の場合はラル=フェスカの銃口から射出されるという違いがあるものの、どうやら同じスキルらしい。どこからともなく聞こえる声がそう言うのだからそうなのだろう。



「ウ…ウガアアアアアアアアアアア!!」



 同じスキルだが、その威力には雲泥の差。一分もの時間魔力を練り上げなければいけないのだから当然と言えば当然だが、もしグリゴールの『暗黒式電磁砲ダークネス・ボルテッカー』と俺のそれがぶつかり合えば、一秒も持たず俺の方が呑みこむだろうと予想できるほどの差がある。



「またすごいことになってるわね」

「今は話しかけないでくれ、暴発したら大惨事だ」



 この量の魔力を管理し、そしてこの威力の反動を制御し続けなければいけないため、俺の全ての神経と集中力をこのスキルに注いでいる。シルヴィアの声に脳のリソースを割くことすら厳しい。



「これは……!」

「すごい……すごいよ英夢君!」



 最初に迷宮の壁をぶち抜いた時にも似たような技を使ったが、あれはただのフェスカの一撃。開幕のあの場面で使えばそこで決着がついたかもしれないが、流石にあそこで悠長に溜める時間はなかった。



 鳴り響いていた轟音が止み、辺りが静寂に包まれる。土煙が晴れると、そこには……。



「あり、ありえない……」



 竜から悪魔へとその姿を戻し、息も絶え絶えな様子のカナロアの姿が、そこにはあった。片腕と片翼を失い、残っている方の腕もだらりと力なく項垂れている。



「双銃……黒ずくめの服装……そしてその技……思い、出しましたよ……」

「……なるほど。ある程度は情報共有してるんだな」



 それが知れただけでも僥倖だ。恐らくだが、俺の存在は既に十王の間で共有されているんだろう。だからと言ってすぐさま俺に危険が迫るかと言われれば微妙な所だが、修行は無駄にならなさそうだ。


 狼神マナガルとの邂逅が無ければ『暗黒式電磁砲ダークネス・ボルッテカー』の習得はこの戦いに間に合っていなかっただろうし、もし習得出来ていても、カルティさんに魔力の制御を教わっていなければここまでの威力は出せなかった。



「ですが……私は耐えきりました……」

「あん……?」

「この体では逃げることも叶いませんし……せめて、勇者と厄介銃使い共々散るとしましょう……!」

「な……シルヴィア!」

「ええ!!」



 何をしでかすつもりかは分からないが、あいつは直前まで魔力を高めていた。危険な状態だということは分かる。


 俺もラル=フェスカで応戦したいところだが、いつもなら造作もないこの距離の射撃も、連続して腕を痛め続けたこの状態だと正確に狙える自信がない。せめて有効距離まで近づかなければならない。シルヴィアに声を掛けた後、俺もやや遅れて走り出す。



「間に合え……!」



 あの十王をここまで追い詰めたというのに、ここで両者敗北なんて結果にさせるわけにはいかない。折角俊と再会できたのに……ん?そういえばあいつはどこだ?



「これで終わりです……深淵の彗アビス・テュ

「させませんよ」



 俺の疑問は、カナロアの背後から深々と突き刺された聖剣が解消してくれた。いつの間に後ろに回ったのかは知らないが、あいつも無茶をする。



「くはっ……!」

「これで本当に終わりです。この勝負は、僕達の勝ちだ」



 俊がカナロアの体から聖剣を引き抜くと、その傷口から体が結晶化していく。



「……ダメですね、魔術が使えません。私は、敗北してしまったようです」

「ええ、そうです。あなたが負け、僕達が勝った」

「悔しいですねぇ……邪魔が入ったとはいえ、未成熟の勇者に敗北することになるとは」



 傍まで来ていた俺と俊の方へ交互に視線を向けながら、海王はなおも語り続ける。



「私に勝利した、ささやかな褒美です……今代の魔王は強い、歴代最強と言って差し支えないでしょう……もし貴方やそこの銃使いが魔王を下すつもりなら、神に抗えるくらいに強くなることです……」

「………」

「何故、そんなことを話すのか、という顔をしていますね……私達十王を、仲間同士だと思うのは大間違いなのですよ……」



 全ての十王とそりが合わない、というわけでもなさそうだが、カナロアは魔王のことを快く思っていなかった、ということか。十王が協力すれば勇者や俺ではどうしようもなかっただろうし、その情報はかなり大きい。



「……そろそろ時間のようです……これも褒美になりますか。好きに、使い、なさ……い……」



 全身が結晶化し、体自体が魔石になった海王カナロアは、そこで一生を終えた。


 ゴトリと鈍い音を上げながら地面に落ちる魔石と共に崩れ落ちそうになる俊の体を、俺は慌てて支える。



「全く、無茶しすぎだぞ」

「……それ、英夢が言えるセリフかい?」

「……それはそれだ」



 俺達は二人で、久方ぶりに笑い合った。

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