227.勇者と戦乙女
──side Silvia──
目を瞑り、精神を極限まで集中させて魔力を練りあげる英夢を後目に、私は隣で聖剣を構える勇者と共に、海王カナロアと対峙する。
「さて、勇者さん。準備はいいかしら?」
「ええ、問題ありません」
……勇者は平気で嘘をつく。鎧の隙間から血に染まった肌を晒しているその状態が、問題ないなんてことは絶対にないのに。
勇者と言えど、私達と同じように笑い、同じように涙を流す一人の人間であることに変わりはないはず。死神だってそうなのだから。だけど勇者は、そんな状態でも立っている。物語の勇者ほどの実力はないのかもしれないけど、その精神力は伝承通りね。
「私がなるべくカナロアの気を逸らす。向こうが痺れを切らして魔術を使おうとしたら、何とか二人であいつの態勢を崩すわよ」
「分かりました」
普段通りの私に対して、勇者はとても丁寧な口調で応える。私としては、あの勇者にそんな態度を取られるのは非常にむず痒いのだけど……思えばエイムも、初対面の時は似たような感じだった気がする。
「じゃ、行くわよ」
私は勇者の返事を待たず、カナロアへと疾走する。黒剣に魔力を纏わせ、まずは海竜となったカナロアの足に一撃。
「……ムッ!?」
「察知系のスキルは使っていないようね」
多分、カナロアは私のことを捉えられていなかったのだと思う。速すぎて対応できなかった、という反応ではなかった。自身の力が強大になった分、敵に対しての警戒は疎かになっているようね。それか、私のことなんて眼中にないか。
それは驕りなどではなく、事実でもある。実際今の一撃も、足を切断するつもりで放ったのに、実際には浅く切り裂いただけ。多分全力を賭して戦っても、私じゃカナロアに致命傷を与えることは出来ない。
(……でも、それは私の仕事じゃない)
私は私に出来ることを。私はカナロアの周囲を縦横無尽に駆け回り、竜の体を浅く切り裂き続けることによって、相手の注目をこちらに集中させる。
「鬱陶シイノデスヨ!!」
「!!」
どんどん身体の表面に擦り傷を作っていたカナロアは、痺れを切らして暴れ始めた。魔術は当たらないと踏んでいるのか、腕を振り回し、地面を転げまわって、とにかく私を近づかせない。
「はぁッ!!」
「グア!!」
勇者が隙を窺い、鋭い突きを繰り出した。あれは多分【
「チョコマカトッッ!」
「甘いっ!」
「ナンデスト!?」
今度は一度剣を鞘に収めた後、それを凄まじい速度で抜き放った。抜刀術はこっちの世界でも少数ながら存在していたけど、あの流れるような動きから察するに元々使っていたのかしら?
先ほどから勇者の戦い方を見ていて思ったけど、本能で戦うような戦闘スタイルのエイムに対して、勇者の戦い方はどこかで剣を習った人間のそれね。しかもこの三年間で身につけたものではなく、もっと体に馴染んだ、それこそ幼少期から剣を学んできたような感じがする。
かつての日本は争いのない平和な国だったと聞いていたけど、彼のような一流の剣士もいるのね。
「……ナラコウシマショウ、
「な!?」
だけど、カナロアもやられるばかりじゃない、主の間を塞いでいた水の壁を勇者の頭上から発動させ、凄まじい質量の水を勇者の体に叩きつけた。勇者は一瞬呑まれただけで、すぐに脱出したけど、よく今のを逃れられたわね。
「これ、私達の目的達成じゃないかしら」
なんせ、これでは向こうからこちらに干渉するのも難しい。つまり、何もしなくても時間が稼げる状況になっている。
「……いえ、壁の向こうから魔力の高まりを感じます。何か企んでいるんじゃないでしょうか」
「……なるほど、そういうこと」
やられた。向こうだって時間を稼ぐ利点はある。それを考慮していなかった。流石のエイムでも、今のカナロアの切り札を対処するのは厳しいかもしれない。
「……そろそろ一分です。向こうの準備が整う前に、英夢が終わらせてくれるのを祈るしかありませんね」
「……そうね、でも」
「だとすると、あの壁を何とかしなきゃいけない、ですか?」
「ええ」
エイムならあの壁を貫いてカナロアに攻撃できるでしょうけど、壁で威力を削がれ、殺しきれないという可能性は否定できない。生き残られれば向こうの切り札を切られてしまうかもしれないし、万全を期す必要がある。
「勇者さん、あの壁を突破する手札はある?」
「……いえ。悔しいですが、悪魔状態のカナロアが使った流壁すら突破できませんでした、一瞬ならなんとか出来ると思うんですが」
「……私も似たようなものだわ」
あの壁はただ単に切り裂くだけだと突破できない。すぐに上から水が流れ込み、たちまち開けた穴は塞がれてしまう。一番簡単なのはカナロアを殺すことだけど、それができたらこんなに苦労していない。
もしかすると何か別の方法で解除できるかもしれないけど、今それを検証する余裕はない。だとすると、
「……賭けになるけど、やってみるしかないか」
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