226.大海の狂乱
「──『
「U、UWOOOOOOOOOO!?」
海竜、カナロアにリヴァイアサンと呼ばれていた個体が、突然悲鳴を上げながらもがき苦しみ始めた。俺達にも何か来るのかと身構えたが、今のところは何の影響もない。
「何……あれ……」
「海竜が、引き寄せられてる……?」
俊の言葉通り、海竜の巨大な身体が、どんどんカナロアの方へと吸い込まれているようだ。
そのまま海竜は引きずられるようにしてカナロアの方へと進み、いつの間にかカナロアの心臓辺りに出現していたどす黒い渦の中へと引き込まれていく。
グシャグシャとグロテスクな音を立てながら、海竜の全身が渦の中へと飲みこまれたその時、
「う、うがあああアアアアアアアア!!」
突如として、カナロアの体がぼこぼこと巨大化し、先ほどの海竜のようなサイズにまで変貌した。そこにもう悪魔としてのカナロアの姿はなく、唯一肌に生えた鱗だけが、かつての面影を残している。
「ウグゥ……最悪ノ気分デスヨ、マサカ私ガ魔獣ニ成リ下ガルトハ」
「……その割に、随分と嬉しそうな表情だな?」
「ソレハ当然、貴様ラヲ殲滅デキル力ヲ手ニ入レタノデスカラ」
そう言ってカナロアは鋭利な爪を手に入れた右手を振り上げ、そのまま振りかぶる。
「む……!」
「ぐっ……おいおい。さっきの海竜、まさかこんなに強かったなんて言わないよな!?」
「そんなわけないでしょ!だったら私達だけで討伐出来る相手じゃないわよ!」
「くぅ……!」
何かの魔術を使ったわけでもない、単なる爪での斬り裂き攻撃。にもかかわらず、地面は抉れ、その衝撃の余波だけで、俺達は大きな後退を余儀なくされた。
「ハッハ!素晴ラシイ!コレガ悪魔ノ身ヲ代償ニ得タ力!!」
「んな出鱈目な……」
「マダマダコンナモノデハナイ!!
「嘘だろ!?」
あの状態で魔術まで使えるのか!しかも生成された魔術のサイズも、先程の物とは桁違い。いくら主の間が広く作られているとはいえ、流石に避けようがない。
「なぎさ!!」
「任せて!!
なぎさの魔術によって出現したゴーレムが、更に出現した巨大な半透明のバリアを盾のように掴み、巨大な水流を待ち構える。
「──!!」
「お願い、耐えてゴーレム!!」
盾に水流が衝突した瞬間、凄まじい轟音が鳴り響き、雨と見紛う量の水しぶきをあげる。ゴーレム自体はその衝撃に耐えているようだが、盾はみるみるその面積を減らしていた。
「ソノヨウナ木偶ノ坊、貫イテ差シ上ゲマス!!」
「……
盾が破られ、尚も勢いが止まない水流をその体で受けることになったゴーレム、流石に直接的な衝撃は耐えられなかったか、途端に体をふらつかせるが、すかさずリーゼが蔦を生み出してゴーレムの体を支える。
通常なら絡みついた相手から生命力や魔力を吸い上げる
「無駄デスヨ!!」
「──」
「ゴーレム!?」
だがその努力も虚しく、鉄で出来たゴーレムの体は貫かれる。流石に水流の勢いは幾らか弱まっているようだが、それでもあれは人の身が耐えられる威力じゃない。
「うおおおおお!!『
そのまま直行すれば、なぎさ達が水流に流されてしまうところだったが、それを防いだのが俊だ。正面に幾重もの具現化した斬撃を生み出し、その水流を完全に散らした。
正直に言うと防ぎきれるか怪しかったが、あのスキルは見た目以上に威力が高いらしい。最初から使えと言いたいところだが、何か使用に条件があるのかもしれない。
「チッ……防ギキラレマシタカ」
「冗談きついな……」
「全くだよ」
単純な威力の強化だが、その強化幅が出鱈目すぎる。さっきまでは俺の銃弾で返せた魔術が、今では同じ土俵にすら立てていない。
「とりあえずリーゼはなぎさと一緒に防御に専念してくれ!流石に後ろを気にしてる余裕はない!連戦で悪いが、シルヴィアはこっちを頼む。何か弱点があるかもしれない」
「……英夢」
ひとまず二人に簡単な指示を出し、カナロアの弱点を探ろうとしたところで、何かを考え込んでいた俊が俺を呼び止める。
「英夢なら、あの状態の海王でもなんとかなるんじゃない?」
「いや、無理だ。せめて一時的にでもあいつを無力化しないと」
「僕が時間を稼ぐよ」
……どうやって察したのかしらないが、確かに俺の切り札を切れば、今のカナロアでも何とかなると思う。だけど、間違ってもこの状況で使っていいものじゃない。
「……お前、今の自分の状態理解してるか?」
「勿論、無茶は承知だよ。だけど、誰も危険を侵さずにあいつを倒そうというのは理想を求め過ぎだ」
「私も手伝うわよ、勇者さんより消耗はましだから」
……シルヴィアはともかく、俊は無謀の一言だし、例え俺があれを使ってもカナロアを倒せるという保証はない。だが、
「やってみる価値はあるか……」
「決まりだね」
「頼んだわよ」
「一分くれ、必ず倒す」
そう言って俺は目を瞑り、銃を胸の前で交差させて魔力を練りあげる──。
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