225.勇者と死神 後編

 怒涛の連撃により、カナロアに詠唱の隙を与えようとしない俊。対魔術師戦では基本かつポピュラーな戦術であるため、単独で活動している魔術師はそれに対する対策を用意しているものだが、俊の洗練された動きは、その対策すらも斬り裂いている。


 不屈の精神と基礎の極致、それが俊の強みだ。と、俊の父親から聞かされたことがある。今の俊の剣捌きは、その言葉の体現と言って良いだろう。



「これでも以前の世界では、一人の剣士としてそこそこ名をはせた身。純粋な剣の勝負となれば、僕に分があります」

「……そのようですね、ではこちらも手法を変えましょう」



 カナロアは流壁を解除、そして自らの周囲に浮遊する槍を幾つも顕現させる。



「近づくと分が悪いのであれば、私自身が距離を取り、そして近づけさせなければいい、ただそれだけのこと」

「……随分と冷静さを欠いていますね」

「……なんですと?」

「だってそうでしょう、あなたの相手は僕は一人じゃないんですよ」

「!?」



 次の瞬間、カナロアの元に、千を超えるの弾丸が襲い掛かる。勿論その犯人は俺であり、ラル=フェスカによる銃弾は一発一発が必殺の威力、数発でもくらえばいかに悪魔とはいえどひとたまりもないはず。



「く……そがああああああああ!!」



 激昂したカナロアは、がむしゃらに魔術を展開し、先程展開していた槍と合わせて銃弾の雨に対抗した。水飛沫をあげ、槍に弾かれ、銃弾は次々とその威力を失っていくが、雨の勢いが収まることはない。


 数分後、ようやく降りやんだ雨の跡地で立っていたのは、ボロボロ、という言葉すら生温い無惨な姿の海王の姿だった。残念ながら致命傷を与えるには至っていないようだが、体の随所から出血が見られ、槍を持つことすら辛そうだ。



「でたらめな……一体あなたは何者なのです」

「出会う敵には大体それ聞かれるな……俺も知らん、としか答えようがない」



 まぁ多少自分と職業については理解し始めているが、それを目の前の悪魔に答えてやる道理もない。


 疲労を隠しながら、俺はこっそりと呼吸を整える。流石に成長したといっても、ラル=フェスカの銃弾をこれだけ連発するのは体力的にかなりきつい。魔力にはまだ多少余裕はあるが、一気に消費したことによっていつもより疲労度合いが大きい気がする。


 いつの間にか気にしなくなっていた銃の反動も、久しく俺の腕にダメージを与えていた。普段ならこんな無茶な真似はしないが、当然理由がある。



 一つは俊を少しでも休ませるため。俊やなぎさ達の状態を考えて、この戦いを長期に持ち込むのは好ましくない。だからこそ逆に一時的な休憩時間を設け、短期決戦を挑めるようにしたわけだ。次の攻防で、確実に勝敗を決せられるように。



 そしてもう一つが、



「『疾風怒濤ストームサージ』!!」

「ぐあ!このっ……深淵の大渦アビス・トロム!!」



 俊に、次の攻撃の溜めの時間を稼ぐため。たっぷりと時間を使い魔力を練りあげた俊は竜巻とすら見紛う爆風を聖剣に纏わせ、カナロアに突撃する。カナロアはすぐに魔術で対抗した。


 竜巻と大渦、二つの災害の衝突は、迷宮を爆風で包み込み。そして出来た隙を見逃さず、俺がカナロアに追撃を加える。


 俊の攻撃が防がれれば俺が、俺の攻撃が防がれれば俊が。お互いの職業、戦闘スタイルは何も分かっていないのに、俺達は阿吽の呼吸でカナロアを追い詰める。



「リ、リヴァイアサン!!何をしているのです!!」



 俺達の連携に、カナロアは海竜に助けを求める。



「U、UWOOO……」

「……リヴァイアサン!?」

「私達の勝ち」

「ま、流石にね」



 だがリヴァイさんはシルヴィアとリーゼによって、既に息も絶え絶えな状況になっていた。既に尾ひれのような翼はもがれ、尻尾は長さが半分になっている。もう何もしなくても、あと数分で息を引き取るだろう。



「……えっと、強すぎないかい?」

「楽勝」

「おい、俊達の立つ瀬がなくなるだろ」

「いやいや、勇者達だって相手があれだけならどうとでもなったでしょ。強かったけど、神や悪魔よりは随分ましよ」



 シルヴィア、悪魔はともかく神は隠しとけ。



「さて……味方が増えるどころか敵が増えたわけだが、どうする?」

「……」



 初めて、カナロアの瞳に怯えが映った気がする。シルヴィア達はよく俺のことを化物呼ばわりするが、二人もその領域だということを声に出して言いたい。



「……はぁ」



 カナロアは大きく溜息を吐いた後、槍を投げ捨てた。槍は手元から離れると、すぅーっとその姿を消す。



「まさか、これを使わせられるとは思いませんでした」

「「……!」」

「来るよ、エイム」

「ああ、みたいだな」



 カナロアの体から、可視化できるほどの魔力が迸る。どうやらまだまだ諦めてはくれないらしい。俺は一度体を脱力させ、気を引き締める。



「──『大海の狂乱オセア・マッドネス』」


 

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