224.勇者と死神 前編

「とまぁ、張りきってるとこ悪いが、なぎさは待機な」

「なんで!?」

「いや、あの人達を守れる人間が必要だろう」



 俺はそう言って、先生ともう一人の名前も知らない女性の方向を指さす。先生はまだなんとか立っているが、もう一人は完全に疲労困憊といった様子で、その場に座り込んでしまっている。


 流石に彼女達を放置して戦いに挑むのは安心できない。そしてこの中で一番適任なのは恐らく【賢者セージ】であるなぎさだと思う。少なくとも俺じゃないのは確かだ。



「む……確かに」

「だろ?向こうに意識を与えさせるつもりは毛頭ないが、万が一ってことがあるからな」

「そうだね。カナロアは僕達に任せてよ」

「うー……了解!」



 そう言ってなぎさは先生たちの方へと駆け出す、三年経っても相変わらず元気な奴だ。



「さて、英夢」

「ああ……お出ましだ」

「くっ……鬱陶しい霧でしたよ、まったく」



 手元の槍を振り払って霧を吹き飛ばしたカナロアが、その姿を現した。よく見てみると肌に生えている鱗など、同じ悪魔で十王であるグリゴールとは若干見た目が異なっている。


 カナロアは不快感を隠さず、俺達を思い切り睨みつけている。余程暗然の黒靄アストニッシュ・ヘイズが気に障ったらしい。あの慎重な対応も併せて考えると、やつはかなり魔術によった戦闘スタイルなのかもしれない。



「安心しろよ、さっきの霧は今ので品切れだから」

「そうですか、それは良い情報です……それにしても、まだ刃をこちらに向けますか」

「……先程までと同じ状況なら、無理にでも逃げたかもしれませんが」

「みすみす不穏分子を放置するわけにはいかんだろ」



 グリゴールと対面したあの時、俺達は三人で奴に挑み、事実上の敗北を喫した。今は俺と俊で二人、しかも片方は満身創痍と来たもんだ。状況はあの時より悪いかもしれない。


 だが、あの時よりも俺は成長した。十王と対峙し、神と対峙し、俺とラル=フェスカは確実に成長してきている。決して分の悪い勝負なんかじゃない。



「さてと……出来る限りフォローはするが、死ぬなよ」

「何言ってるのさ、僕は【勇者ブレイヴ】だよ?英夢こそ相手は十王なんだから、死なないようにね」



 俊はまだ知らない。俺が【死神リーパー】だと言うことを。物語では勇者を下したほどの存在に、片足を突っ込んでいることを。


 このことを俊達に話すべきか、未だに俺は悩んでいる。だがその答えを導き出すのは、この死線を乗り越えてからだ。



「──それじゃ、行こうか」

「──おう」



 俺が『死圧』を、俊が恐らく『威圧』を使い、二人で肩を並べてカナロアと対峙する。次の瞬間、俺達はその場から姿を消し……、



「……ぐぅ!?」

「反撃開始、かな」



 カナロアの懐に着地、俊が聖剣で腹を斬り裂く。致命傷にはなっていないようだが、戦闘開始を告げる一撃としては十分だ。



「いつの間に……!深淵の大渦アビス・トロム!!」

「させるかよ!!」



 大きく振り上げたカナロアの右手を、今度は俺がラルの弾丸で撃ち抜く。完全に魔術を阻害することは出来なかったが、完成した渦はとても大渦とは言えない規模、至近距離にいた俊は簡単に回避してみせた。



「どこにそんな力を隠していたのですか!!」

「隠していたわけではありません、ただ湧いてでてきただけです」



 これは火事場の馬鹿力……などではなく、後ろの女性となぎさがこっそりと放った支援魔術による強化なんだが、カナロアはそれに気付いていない。


 ちなみに俺のほうにも魔術をかけてくれたようだが、なぎさの魔術だけしか俺に恩恵は与えられなかった。理由は分からないが、まぁこれだけでもありがたい。



「離れなさい!!激流の流壁トレンテ・ランパート!!」

「俊!」

「ああ!!『聖剣解放』!!」



 俊のもつ聖剣が、青白い神秘的な輝きを放つ。スキル名からして聖剣専用のスキル、恐らくは俺の『纏身』と似たようなものだろう。


 俺もフェスカに魔力を送り込んで、構える。



「吹き飛ばせ!!」



 そのままフェスカから銃弾を発射、水の壁に風穴を開ける。流壁はすぐにその穴を塞ごうとするが、その隙間の逃さないものが一人。



「はあ!!」

「ぐあっ!!正気ですか!!」



 俺が穴を開けるのを待っていた勇者が、その小さな穴を潜り抜けて壁の内側に侵入、そのままカナロアに近接戦を強制する。


 俺の狙う位置を分かっていなければできない芸当に、カナロアは悲鳴を上げた。



「ですが、私に近接戦が出来ないと思ったら大間違いです!!ボロボロの貴方一人程度、この槍で突き殺して差し上げます!!」



 確かに、カナロアの槍捌きは素人のそれではない。恐らくは槍の性能も一因しているのだろうが、少なくとも俺が挑んでも勝てないだろうと思わせるほどの実力の持ち主ではある。だが、



「それで僕を殺そうというのは、流石に驕りが過ぎますよ」

「どの、口が!!」



 俊の剣はその上を行く。もとより槍というのはそのリーチを生かした武器だ。俊の間合いに持ち込まれた時点で勝負は不利、自身が生み出した流壁によって、自分から距離を稼ぐことも難しい。



深淵の太刀風アビス・イッシュ!!」

「させませんよ」






 

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