222.黒色の雷光

 地面を抉るようにして僕達の元へと進む極光は、まるでそこに何もないかのようにマリア様となぎさの防御を突き破り、勢いそのままに向かって来た。


 先生にあれを防ぐ術はない。なら、僕が立ち上がるしかない。鉛のように重い体に鞭を打ち、先生の前に出て突きの構えをとる。



「UWOOOOOOOO!!」

「うおおおおおおおお!!」



 海竜と同じ雄叫びを上げながら、僕はブレスに向け聖剣をぶつけた。凄まじい質量の奔流に、一瞬で体をもっていかれそうになるが、気力で堪える。



「ああああああああ!!」



 ブレスが肌を焼き、僕の体を痛めつけていく。無限に等しい時間の末、僕は何とか耐えきり、後ろの仲間達を守ることに成功した。


 ここで倒れることは簡単。だけど、僕はあの海竜と海王を倒したわけじゃない。まだ、気をやるわけにはいかない。



「……訂正しましょう。あなた達は、いやあなたは、強く脅威、それでいて、恐怖さえ覚えさせられます。一体何があなたをそこまで突き動かすのか、と聞いても?」

「……さぁ、何故でしょう。正直なところ、僕自身もよく分かっていません」



 何故僕は、今この場に立っているのだろうか。【勇者ブレイヴ】の役職を得たあの日、王国に送られたあの日、列島を回ると決めたあの日、全てを捨て、逃げ出すタイミングはいくらでもあった。だけど、僕は逃げようとしなかった。


 なぎさがいたから、とかじゃない。一緒に逃げることだって出来たからだ。英夢に見つけてもらうため……ないわけじゃないけど、あまりにもリスクが大きすぎる。



 もしかしたらこの心こそが、【勇者ブレイヴ】という呪いに選ばれた理由なのかもしれない。



「そうですか……そろそろ、決着と行きましょうか」

「ええ……もっとも、終わらせるつもりは毛頭ありませんがね」



 僕が聖剣を構え、カナロアが海竜に視線を向ける。



「俊君……!」

「大丈夫、僕はまだ死ねないから」



 そう、まだ死ねない。死ぬわけにはいかない。



海王竜の息吹リヴァイアサンブレス!!」

「UWOOOOO!!」



 迫りくる極光。僕はせめてもの抵抗として、聖剣に『対魔付与』のスキルを発動させる。



(ごめんね……親友えいむ

「これで終わり────リヴァイアサン、上です!!」



 だけど、何かに気付いたカナロアの指示によって、リヴァイアサンの放ったブレスは僅かにその進路を変え、僕の頭上を通り過ぎた。


 そして次の瞬間──。



「!?」

「きゃあ!?」

「な、何事ですの?」



 青白い海竜のブレスに、が衝突する。衝突の余波に煽られて僕の体は吹き飛びそうになったけど、剣を地面に突き立てて何とか持ちこたえた。



(なぎさの魔術?……いや、そんなはずはない)



 そんな魔力は残っていないだろうし、何よりなぎさが驚いて尻餅をついている。マリア様でもないだろう、彼女の職業から考えて、黒い雷なんてスキルが使えるとは思えない。先生も同様だ。


 王国が助けに来た?……いや、これほどの魔術を発動できる人材なら、まず間違いなく僕のパーティーに紹介されていたはず。少なくとも僕の耳には入っていただろうけど、そんな人に心当たりはない。



 そもそも、ここの迷宮は王国が攻略不可能として放置された前歴がある。だからこそ、いつもは付いてくるマリア様の護衛も足手まといになるからとこの場に来ていないわけだし。つまりそもそもここまで辿り着ける人間を、今まで王国は見つけられなかったんだ。


 だけどそれじゃあ、一体誰が?



「くっ……リヴァイアサン!!」

「U……UWOOOOOOOOOO!!」



 あの海竜が、圧されている。すんでのところで二本の光は対消滅したけど、もう少しだけ衝突が続けば、海竜にあの雷光が届いたのではないか、そう思わせるだけの魔術だった。



「何者です!!」



 いつの間にか、迷宮の壁が崩されていた。僕が全力で斬っても浅く傷つく程度にしかならない迷宮の壁を壊すなんて、一体どれほど非常識な力がさっきの一撃に込められていたんだろう。



「あっぶねぇ……間一髪だったな」

「え……?」



 聞き慣れた、それでいて聞き慣れない声。以前とは少し声質が違うけれど、僕が間違えるはずがない。この声を聞くことを、三年も待ち続けていたんだ。



「嘘……」



 なぎさも、僕と同じ結論に辿り着いたようだ。先生も何となく、察しは付いてるんじゃないかと思う。


 僕らの中ではマリア様だけが、何も分からずさっきの雷光に驚いているわけだけど、それは仕方がない。彼女は、僕達の口から語った以上のことを知らないのだから。


 これは夢や妄想なのではないか。そう思いつつも、僕は後ろを振り向き……そして、瞳を大きく見開いた。



「遅刻……いや、ギリギリか?」

「……何言ってるんだい。三年の大遅刻だよ、英夢」



 僕は瞳から雫が流れているのを自覚しながら、懐かしき友の名前を口にした。


 



 

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