220.深淵の悪魔 後編

「次はこちらから行かせてもらいましょうか、深淵の大渦アビス・トロム



 カナロアは右手を上にあげ、掌から死体となっている海竜と同じくらい巨大な渦を生成した。そのまま渦は僕を呑みこむかのように、口を大きく開いて襲い掛かって来る。



「させないよ!石巨人創造クリエイトゴーレム!」



 すかさずなぎさが魔術を発動、僕の目の前に現れた巨大な二体のゴーレムが襲い来る大渦をせき止めた。ゴーレムはそのままカナロアに反撃しようとするが、動きが緩慢なので簡単に躱されてしまう。



「ふむ。耐久力は称賛に値しますが、それだけですね。腕力も当たらなければ意味がない」

「そんなことないもん!」



 だけど、なぎさの狙いはそこじゃない。ゴーレムの動きは確かに遅いけど、仮に攻撃が命中すればひとたまりもないのは誰が見ても分かる。だからこそ、そこに注力してしまう。



「『致命ちめい極撃きょくげき』!」

「な!?いつの間に!」



 戦闘が開始されてからずっと『隠蔽』スキルを用いてタイミングを見計らっていた一ノ瀬先生が、カナロアの背後から急襲をしかける。

 短刀を横薙ぎにした一撃は直前で気付かれ躱されてしまったが、首元からはわずかに鮮血が流れているのが見て取れる。どうやら悪魔の血も赤いらしい。



「……私を欺くほどの『隠蔽』スキルですか。かなりの脅威、と言いたいところですが、直前に技名を叫んでは意味がありませんねぇ」

「だって、あなたの皮膚とっても硬そうなんですもの。ただの一撃じゃ短刀が折れそうだわ」



 いつものゆったりと間延びした口調は鳴りを潜め、一ノ瀬先生はどこか鋭利さを感じさせる声でカナロアの評価を受け流す。

 あの一撃で大人しく倒れてくれれば良かったんだけど……相手は魔王と同格の存在、流石に希望的観測が過ぎるか。



「あなたこそ、さっきから本当によくしゃべりますね。随分と余裕があるのかしら?」

「そんなことはありませんよ、流石の私もこれだけの手練れを相手するのは骨が折れます。ですので、深淵の奔流アビス・トリーム

「な!?」



 カナロアは周囲に荒れ狂う濁流を生み出し、僕と先生を強制的に引き剥がす。だけど、どれだけ距離を取っても勢いが収まる様子はない。仕方がないので『対魔付与』を駆使し、強引に水流を斬り裂く。またすぐに濁流は元の姿に戻るけど、僕が安全なだけのスペースは確保できた。


 ちらっと上に視線を向けると、先生は上に跳躍することで回避に成功したようだ。あのままだとカナロアに追撃をくらいそうだけど、先生はスキルで天井を歩けるから問題ないはず。



「なぎさ、マリア様、そっちは?」

「こっちは大丈夫ですわ。ありがとう、なぎさ」

「お礼はゴーレム君にねー!!」



 なぎさとマリア様はゴーレムに乗る事によって回避したらしい。ゴーレムはとにかく硬く頑丈だ。この激流の中であっても足元を掬われることはない。



(それにしても……これだけの魔術を展開しても、あの壁は解けないのか)



 カナロアはこれまでに三つ、あの槍を合わせれば四つの魔術を発動させている。この短時間の戦闘で、しかもそのどれもが一つで戦況を狂わせかねない性能の魔術を連続で発動させているにもかかわらず、あいつは最初に発動させた激流の流壁トレンテ・ランパートを維持し続けている。


 元々そういう魔術なのかもしれないが、どちらにせよ魔力の消耗は馬鹿になっていないはず。それなのに、目の前の悪魔は息切れ一つせず、悠然と僕達を見据えている。



「シュン様、悔しいですが海王の魔術は私では突破できません。なぎさと力を合わせれば何とか出来るかもしれませんが……」

「……海王はそんな隙、与えてくれないでしょうね」



 多分、まだカナロアは実力の半分も出していない。こちらが遊ばれているような状況だ。本気で脱出を試みればあの壁を突破することも可能かもしれあいけど、仮に脱出しても、あいつはきっと追って来る。この迷宮の主は海王じゃなくて、海竜だろうから。



「ふむ……強くはある、そして脅威でもある。しかし、それだけですねぇ」

「それだけの評価があれば十分だと思いますけど」

「この戦力差で平然としていられるその精神力も評価点です。ですがまだ発展途上、彼は随分と危険視していたみたいでしたが、やはり私一人でも問題ありませんでしたか」



 カナロアは先程からちょくちょく別の存在との繋がりを仄めかしている。話しぶりからして、部下のような存在が別にいるのだろう。これ以上敵が増えるのは勘弁したいので、他の敵が入って来れないこの状況はこちらとしてもありがたくはある。


 敵は海王一人だけ。なら、まだ勝機はある。



「確かに、僕はまだ発展途上。ですがそれは、実力不足と同義にはならない」

「……?」



 僕は自身が内包している魔力を練りあげ、聖剣に纏わせる。聖剣は僕の意思に呼応するかのように、その刀身を青く光り輝かせた。



「『聖剣解放』」



 このスキルは、圧倒的な力を獲得する代わりに、凄まじい勢いで僕の魔力を喰らい尽くしていく。今の僕だと、スキルを維持するのは五分が限界だと思う。


 だからこそ、勝負は短期決戦だ。



「行くよ、海王」

「良いですねぇ……来なさい!!」

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