219.深淵の悪魔 前編
「到着までにはもう少し余裕があると思っていたのですが……彼は間に合いませんでしたか」
僕達がボス部屋と呼んでいる、迷宮の最奥の部屋で待っていたのは、身体を真っ黒に染めた、悪魔と呼ばれる存在だ。僕も初めて見たけど、王国で人類の敵だと散々話を聞いたので間違いではないはず。
水棲系の魔獣ばかり出現していたこの迷宮には似つかわしくないと思ったけど、よく見ると肌にはびっしりと鱗が生えているのが見て取れる。悪魔にも色々いるみたいだ。
そしてそんな悪魔よりも目を見張るのが、悪魔が椅子替わりに座っている超巨大な海竜の死体だ。何度か海竜とは戦ったことがあるけど、コイツのサイズは今まで目にしたそれとは比較にならない。
目算で全長50メートル以上、今は白目を剥き、口を半開きにして何とも情けない姿を晒しているが、もし戦えば相当な強敵になっていたことは想像に難くない。あの巨体だけが武器というわけでもないだろうし、戦えば撤退を余儀なくされたと思う。
そんな存在を足蹴にする目の前の悪魔は、一体何者なのか。僕は油断なく剣を構え、殺気を放って悪魔を牽制する。
普段は敵と確信してない相手にこんなことしないんだけど、そうさせるだけの威圧感があった。僕は仲間達に視線を送った後、悪魔と向き合う。
「念の為確認しておきますが、あなたは【
「ええ、その通りです……そういう貴方は一体何者なのか、是非とも教えていただきたいのですが?」
悪魔は送られる殺気を意に介した様子もなく、にこやかで、そしてどこか不気味な口調で会話を交わす。僕の視線の意味を理解した仲間達はいつ指示が出ても良いように、即時撤退が可能な状態で僕達の会話を聞いている。
「こちらとしては、もう少し雑談に花を咲かせたいところなのですがね」
「ならば尚更、お互いの自己紹介は済ませないと」
「ふむ……まぁいいでしょう、私一人でもどうとでもなるでしょうし」
海竜の死体から立ち上がり、軽やかな動作で地面へと着地した悪魔はまるで舞台俳優のように優雅な一礼を見せ、ゆっくりと口を開く。
「初めまして、勇者とその従者達。私はカナロア、十王の一席、海王カナロアです。短い間ですが、よろしくおねがいしますね」
「……!皆、てった」
「
僕が撤退の指示を出す前に、突如として現れた濁流が出入口を塞ぐ。このままだと水が部屋を満たして溺死……いや、水は地面に落ちると同時にどこかへ消えてしまっている。その心配は無さそうだ。
「
だけど、閉じ込められた事実は変わらない。僕は魔術を斬り裂くことが出来るようになるスキルを発動させ、そのまま聖剣で水の壁を一閃する。だけど、
「……だめか」
水の壁は一瞬斬れはしたものの、滝のようにまた元の姿に戻ってしまった。僕なら瞬時に潜り抜けることも不可能ではないけど、なぎさあたりは無理そうだ。
(……しまったな、判断が遅かった)
僕も無関係とは言えない絵本、『勇者の冒険』にその存在だけが仄めかされている、十王と呼ばれる怪物達。絵本で勇者が挑む魔王もこのうちの一体であり、それはつまり、目の前の悪魔は、魔王と肩を並べるほどの存在ということ。
僕もこの三年間で相当強くなった自覚はある。だけど、まだまだ物語の勇者に追いついたとは到底思えない。物語も多少の脚色はあるだろうけど……少なくとも、現状の手札ではカナロアに勝てる気はしない。
(あの
「
「くっ……!」
「うっ……すごい魔力」
「どうやらやるしか無さそうですわね!」
皆が各々武器を手にかけ、臨戦態勢を取る。カナロアが迸らせる凄まじい魔力に肌がピリピリとしているが、怖気づくわけにはいかない。
「とりあえず僕が相手します、一ノ瀬先生はいつも通り自由に、なぎさは敵の攻撃の対処、マリア様は何とかあの壁を突破できないか試してみてください」
三人に簡単な指示を出した後、僕はカナロアに突撃し、そのまま聖剣を振り下ろす。流石にシーマン達を一掃したあの突きは連発出来ないので、まずは牽制を兼ねた一撃だ。
「ほう、それが噂の聖剣ですか。流石にそれを喰らうのは遠慮した方が良さそうですねぇ」
「こちらとしては、おとなしく受けてもらえると助かるんですが」
「そういうわけにもいきません……
聖剣の初撃は、カナロアが手元に生み出した水の槍によって弾かれた。生半可な武器じゃ、聖剣の一撃は受けられないんだけど。
「海王にしか使えない魔術で生み出す、海王専用の槍です。勇者しか使えない聖剣と同格の武器ですよ」
……聖剣によるアドバンテージもなし、と。
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