218.開いた扉

──side Shun──



「SYEAAA!!」

「甘い!!」



 目の前に繰り出される三叉槍の突きを、体を捻って紙一重で躱し、僕は強引に目の前の魔獣、シーマンと呼ばれる魚頭の人型魔獣に蹴りを入れて態勢を崩す。



「なぎさ!!」

「うん!!」



 次の瞬間、体を大きくのけぞらせたシーマンの体を、【賢者セージ】なぎさの魔術による業火が襲う。シーマンは炎から逃れようと転がり、仲間を数体巻き込んだ後に絶命した。



「なぎさ、ここは地下なんだから火は控えよう。酸素量を減らすのは危険だ」

「えー?それだと一掃はしんどいよー?」

「二人とも?シーマンはまだまだいるから~、油断しないようにね?」



 この状況でもいつもの口調を崩さない一ノ瀬先生の言葉通り、目の前の通路には先が見えない量のシーマンで埋め尽くされている。この状況で油断しろというのが無理な話だね。



「流石にこの数は不自然ですわね……いよいよ終盤、ということでしょうか?」

「さっきからやけに魔獣が姿を現しませんでしたし、この場に固められていたと考えるのが妥当でしょう。どうやらこの先には、どうしても行かせたくないらしい」



 マリア様が目の前の光景を見つめながら、何かを疑うような様子で油断なくシーマン達に視線を送っている。もうこの迷宮の攻略を開始してからかなり時間が経っているし、そろそろ終着点が見えてきてもおかしくない。



「どうする?私の魔術なら一網打尽にできると思うけど」

「いや……この先に何が待ち受けているか分からない以上、余計な消耗は避けるべきだ。ここは僕がやるよ」



 僕が出ても消耗することは変わらないけど、魔力は体力に比べて回復が難しい。僕なら多少の怪我は自力でどうとでもなるし、仮に大怪我してもマリア様が何とかしてくれる。



「──さぁ、行こうか」



 誰に語りかけるでもなく一人呟き、僕は剣を正道に構える。


 僕の殺気を感じ取ったのか、シーマンは瞳を血走らせながら突進を繰り出す。一見短絡的なその行動は、通路が狭く回避が難しいこの状況だと最適解だったりする。武器が刺突に優れた槍なのも追加点だね。



「……だけど、その槍じゃ僕の剣を超えられない」



 剣を正面に振り下ろし、シーマンの体を槍ごと両断する。生半可な武器では、僕の聖剣と打ち合うことはできない。最初からこれが出来れば苦労しないんだけど……まだまだこの子を扱いきるには修行が足りないよ。



「SYEA!?」

「纏めてかかってくるといいよ。まぁ、この狭さじゃそれも不可能だけど」



 今度は突きの構えを取り、次の瞬間……。



「……相変わらず、すごい剣ね~」

「聖剣の性能もそうですけど、あのじゃじゃ馬を使いこなすシュン様も大概ですわよ」



 凄まじい轟音と共に聖剣から青白い光を迸らせ、ビームのようにその光を放った。渋滞と狭い通路により回避ができなかったシーマン達は、その体を貫かれた瞬間に瞳を閉じ、その場に倒れ込む。


 僅かに生き残った運のいい個体も、圧倒的な力を前に、体を震わせている。体の底から湧き上がる恐怖の感情を抑え込むというのは、例え魔獣であっても難しいものだ。



「後はよろしく」

「任された!」



 そうして動けなくなっている魔獣を、なぎさと一ノ瀬先生が協力してサクサクと討伐し、戦闘は終了した。



「ふぅ……」

「シュン様、大丈夫ですの?」

「ええ、これくらいなら問題ありませんよ」



 聖剣というのは、手に持っているだけで使用者の体力を奪い続ける。戦闘の最中は全然問題ないんだけど、戦闘が終わった後にどっと疲れが襲い掛かって来るような、そんな感触がある。水泳の授業の後みたいな感覚が近いかな。


 過去の【勇者ブレイヴ】が残した文献によると、真に勇者と認められている人間なら、そのようなデメリットは無くなるらしい。だけど、どうやら僕はまだその域には達していないみたいなんだよね。

 僕自身も、そんな高尚な人間になれているとは思わないし、なりたいと思ってもいない。



(なんせ僕は、自分自身の願いのために動いているわけだし)



 そう内心で呟き、僕は目の前の暗闇を見つめる。



「……俊君、どうしたの?」

「開いてる」

「ん?」

「この先に扉があるのが見えたんだけど……それが開いてるんだ」



 『暗視』で視力を強化した僕の瞳には、死体の道の向こう側に、奇怪な紋様が描かれた両開きの扉が映し出された。多分あれは、迷宮の最奥に必ず設置されているボス部屋の扉だと思う。


 その扉が開いている、それだけならちょっと不自然だな、という程度で済むんだけど……僕達が今攻略しているこの迷宮は立地的な問題で、潜入するのがとても難しい。


 僕達以外の人間が攻略しているとは思えないし、もしそんな事実があれば王国経由で僕達の耳に情報が入っているはず。



「……どうします?一旦帰還するのも手だとは思いますけども」

「うーん……」



 確かにマリア様の言葉通り、ここまでそれなりに消耗はあるし、不測の事態を想定するなら無理をせずにここで来た道を戻り、もう一度準備を整えてから攻略するというのもありではある。だけど……



「いえ、とりあえず行ってみましょう。もう一度さっきみたいなシーマンの大群を相手にするのは面倒ですし、そうしたら結局消耗してしまいます。二度手間になるくらいなら、様子見くらいはしておくべきかと」

「まぁ、それが無難よね~」

「了解ですわ。ですが、引き際だけは見誤らないようにしましょうね?」

「ええ、勿論です」



 コツコツと足音を鳴らしながら、そろそろスキル無しでも見えるくらいの距離まで扉に近づく。扉の先は不自然なほど暗く、何やら異様な雰囲気が漂っている。



「俊君、何か見える?」

「……いや、何かに阻害されているみたいだ。明るくはなっているけど、霧に包まれているみたいになっていて先の景色が見えない」



 どうやらこの先の様子を確かめるためには、部屋に入らないといけないらしい。



「……気を引き締めるよ。幸い扉は開いているし、迷宮の主はこの部屋から出られないはず。ヤバイと思ったらすぐに撤退するから」

「了解!」

「分かったわ~」

「防御は任せてくださいまし」



 消耗を承知で聖剣を鞘から抜き、そのままゆっくりと部屋の中に足を踏み入れる。





「──おや、随分とお早い到着で」



 



 

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