217.藍髪の銃士
「聞いたことねぇぞ、たったの五人でクラーケンを倒しちまうなんて」
「俺とカルティは何もしてねぇから、実質三人だな」
何もしていないというガイさんだが、二人は船を襲う触手を防いでくれていた。俺達だけだとどうしても防衛が手薄になってしまうから、二人がいなければ船を守りきれていなかったと思う。
「うお!これ美味いな」
「ん、美味」
「当の本人達はこんな感じだしよ……」
クラーケンを討伐し、嵐も無事に抜けることのできた俺達は、スカイサーペントのフルコースに舌鼓を打っていた。この船には料理人も乗っているそうで、出てくる料理にはどれも同じ食材が使われているはずなのに全く飽きさせない。
今口にしたのは、スカイサーペントのカルパッチョだ。スカイサーペントのコリコリとした弾力と、酸味のあるソースが口の中をサッパリとさせてくれる。向こうの世界出身の人の料理は濃い味付けが多いから、こういった繊細な味は珍しい。
「……流石は”藍髪の銃士”ってことか」
「おいまて、なんだそれは」
「エイムの通り名だよ、知らなかったのか?」
料理を口元に運んでいた俺の右手がピタリと止まる。完全に初耳だ。
「なんだかぱっとしない名前ね?」
「坊主はほとんど人前で戦わないからな。実績だけ見りゃとんでもないのは分かるが、具体的な話はほとんど出てこねぇ」
「単純に見た目から付けられたんだろうねぇ」
俺やリーゼは秘匿するべき事柄が多いため、極力人前での戦闘は避けるし、それができない場合は実力をある程度隠した状態で戦っている。だからこそ、通り名なんて付かないと思っていたんだが。
「あの様子じゃ、伝説の十王を撃退したとかいう話も嘘じゃなさそうだな」
「それは嘘、アイツが勝手に逃げただけだ」
「戦ったことは否定しないと」
「……向こうからすればじゃれ合い程度だっただろうけどな」
それにしても藍髪ねぇ……俺は髪色が藍色なわけではなく、黒髪に青いメッシュが入っている感じだ。まぁ、一部でも青いとその印象が引っ張られるのか、そういう風に間違えられることは少なくなかったが。
「確かカミラが”青髪の銃士”って呼ばれてたし、それをリスペクトしたんじゃない?」
「カミラ?……ああ、迷宮じゃなくて、人の方か」
いつかの高級理髪店の店主に聞いた話だと、あの迷宮の名前の元となったカミラさんは”青髪の銃士”と呼ばれていたらしい。俺があの迷宮から脱出した話はかなり広がっていたし俺も隠していないので、その線は結構ありそうだ。
「私はないの?」
「うーん……聞いたことねぇな」
「残念」
何が残念だ。絶対こんなものない方が良いに決まってる。
「ま、そんな気にするなって。通り名なんて、ある程度活動を続けていりゃ勝手に呼ばれるようになるもんだ」
「……じゃあ、ガイさんやカルティさんにもあるんです?」
「あるよ。あたしらがまだ結婚する前の話だから、今じゃ呼ばれることは少ないけどね」
そう言いながら、カルティさんは露骨に俺から目を逸らす。その様子と、通り名を言おうとしないあたり、カルティさんも俺と同じく通り名に肯定的な印象を抱いていないんだと思う。
……一体どんな通り名なのか、ちょっと気になるな。
「話は変わるが、今回は命を救ってもらった。報酬は弾ませて貰うぜ」
「そりゃありがたいが、さっき物資捨ててたろ。大丈夫なのか?」
クラーケンに遭遇した時、コルカタはクラーケンの興味を船から逸らすため、船員に食糧の破棄を命じていた。俺達の戦いぶりを見て中断したみたいだが、あれは本来王都の物資だ。賠償請求をされてもおかしくないと思う。
「王国もそこまでギリギリじゃねぇ。特に食糧なんかはかなり余裕をもたせてるはずだ、生鮮食品は運んでないしな。クラーケンに遭遇した証明もあるし、難癖を付けられることはまずない」
「そんなもんか」
「ああ。それにクラーケンと言えば、俺達船乗りにとっちゃ悪魔みたいな存在だ。何せ剣は届かねーし、魔術もあの巨体だ。討伐する前に船がもたない」
確かにああいう大型の魔獣は討伐の難易度の高さもさることながら、最大の脅威は周囲に与える影響だろう。専用の討伐隊を編成するならともかく、突発的な遭遇だと討伐するのはかなり難しいはずだ。
「流石にこの海域に生息してるのがあいつ一匹ってことはないだろうが、それでも数は多くねぇ。一匹討伐出来ただけでも相当安全性は上がったんだよ」
「つまりは私達だけでなく、この海路を利用する全ての人間にとってプラスに働いたのです。遠慮なく受け取っておいてください」
「そういうことなら、ありがたく受け取らせてもらうよ」
具体的な金額の話はしていないが、元はないものが増えたのだから少額でも構わない。ガイさんとカルティさんも文句は無さそうだし、これでいいだろう。
「これが達成報告書、こっちが増額申請書だ。王都の軍受付にこれを渡せば、すぐに換金出来るはずだ、無くすなよ?」
「よし、シルヴィア」
「はいはい」
こういう書類関係はなるべくシルヴィアに任せるようにしている。書類には俺にも見慣れた日本語が使われているが、使われている単語や言い回しは向こうの世界基準なため、シルヴィアに任せるのが一番面倒事が起こりにくい。
「そろそろ見えて来るぞ。俺達は定期輸送船だから、今度はこっちから依頼するかもしれん」
「ああ、予定が空いてたら受けさせてもらう……ごちそうさま」
手を合わせ食事を終えた俺は、地平線から顔を出した王都の姿を視界に収める。
(俊、なぎさ……もう少しだ、待っていてくれ)
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