216.海の怪物

「SYURORORORO……」

「で、でけぇ……」

「この船と同じくらいありそうですね」

「こいつが成体ならそのくらいのはずだ」



 俺が撃ち落としたスカイサーペントの死体を触手で掴み上げ、海の中から姿を現したのは、何本もの触手とグロテスクな口を持つ怪物、クラーケン。


 クラーケンは触手を船に纏わせ、走行を阻害している。どうやら手に持っている魚だけでは満足してくれないらしい。



「……船長!船をもっととばせねぇか!?」

「不可能なのはコルカタが一番分かっているでしょう!とっくに全速力です!」

「くそっ……おいお前ら!こうなったらこの身が最優先だ!食料を海に投げて、なるべくクラーケンの気を船から逸らすぞ!」

「了解!!」

「すまねぇ、無茶なのは分かっているが……お前達にもなるべくクラーケンの気を引いて欲しい」



 コルカタは先ほどまでの男らしい顔つきが鳴りを潜め、本当に申し訳なさそうな表情で頼み込んで来る。あの怪物を相手しろと頼んでいるわけなのだから、そんな顔になるのも分かる。



「それが俺達の仕事だろ、そんな顔をしないでくれ」

「だがよ……」

「リーゼ、そろそろいけるな?」

「ん、私も戦うよ」

「シルヴィア」

「ええ、さっきはほとんど役立てなかったからね。任せてちょうだい」



 この前まで悪魔だとか神だとか相手していたんだ。今更伝説の怪物が出てきた程度で、怖気づく理由がない。



「ガイさんとカルティさんは船をお願いします!」

「了解だ……っておい!」



 俺は驚くガイさんを余所に、シルヴィアと二人で船から飛び出す。



「あら、エイムも使えたの?」

「この前覚えた」



 俺は先日習得したスキル、『水上歩行』を発動させ、海の上を駆ける。そういえばシルヴィアと初めて出会った時、シルヴィアはこのスキルを使ってあの劣化ケルベロス、確かケロスと呼ばれる魔獣と戦ってたな。



「SYURORO」



 海に降りた俺達を察知したクラーケンは、触手を振り回して海を荒らす。コイツ、『水上歩行』を使う人間への対処法を理解してやがる。


 このスキルはあまりにも水面が波立っていると使えない。ただでさえ嵐のせいで荒れ気味だったのに、この状況だとスキルが無効化されてしまう。



(仕方ないか……!)



 ラル=フェスカは水中であっても使用できるとはいえ、わざわざ向こうの領域に飛び込む必要はない。俺はスキルが無効化される前に思い切り海を蹴り、空中に跳びあがる。



「はあ!!」



 シルヴィアは海ではなく、クラーケンの触手を足掛かりに跳躍したようだ。置き土産と言わんばかりに、足場にした触手を斬り裂いて追撃を許さない。



「SYURORORO……」



 クラーケンは、俺の体を海に叩きつけようと触手で襲い掛かって来る。空中に居る俺には避けるすべがないが、こんな状況は何度も遭遇している。対処は手慣れたものだ。


 襲い掛かって来る触手に向け、予め魔力を貯めていたフェスカの銃弾で吹き飛ばす。銃弾を直にくらった触手は、逆に海に叩きつけられた。



「ブレスだ!!避けろぉ!!」



 コルカタさんの叫ぶような声を聞き取ってクラーケンの方を見ると、あのグロテスクな口元が光り輝いているのが確認できた。



(不味ったか、防ぐ術がない)



 あのブレスがあとどれくらいで発射されるのかにもよるが、今からもう一度魔力をフェスカに注ぎ込んでも、間に合うとは思えない。



「私に任せて」

「頼んだ」



 だが、当然俺は一人で戦っているわけじゃない。誰を狙っているか分からないため、船を守るような立ち位置でシルヴィアは剣を構える。



「SYURORORO……!」



 凄まじい質量を持った水のブレスが、クラーケンの口から放たれる。海を割る、とまではいかないものの、あれが船に直撃すれば、たちまち海の藻屑となってしまうのは想像に難くない。



「まぁ、そんなことはさせないけどね」



 シルヴィアは魔力を纏わせた剣で、そのブレスに挑む。極太のレーザーにも等しいブレスにその身一つで挑むその姿は一見するとあまりにも頼りないが、俺が魔力を練りあげることはない。



「剣の世界」



 向かってくるブレスが、シルヴィアの黒剣に触れる度に消えていく。正確に言えば切り刻まれた後にただの水に変わっているわけだが、俺の目だとその過程を捉えることはできないな。


 そしてクラーケンも、必殺の一撃を対処されるとは思っていなかったのだろう。表情を読み取ることはできないが、心無しか呆気に取られているような気がする。攻撃の手も止まっているし。



「リーゼ!!」

降雷メテオボルト



 そして動きが止まっているクラーケンを、リーゼの雷が襲いかかる。空から降り注ぐ幾千の雷は、たちまちクラーケンの全身を黒く焼き焦がした。



「SYU、SYURO……」

「さてと、とどめといきましょうか」

「だな。コルカタ、コイツの死体も持ち帰った方が良いか?」

「……いや、そもそも船に積めねーよ」

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