215.船での戦い

「ほら、これ飲んで落ち着け」

「……ありがと」



 船酔いでダウン気味のリーゼの背中をぽんぽんと叩きながら、俺は船の進行方向を見つめる。先には地平線が進むばかりで、まだ王都らしき姿は見えない。リーゼはもうしばらく苦しまなければいけないらしい。



「リーゼ、船に乗るのは初めて?」

「……そもそも海を見るのが初めて」



 よくよく考えてみれば、森暮らしだったリーゼが船に不慣れなのは当たり前か。天気の良いこの状態でこんな様子なのだから、もし嵐が来ればひどいことになる。



「あれ、そういえばコルカタが嵐の予報があるって言ってたような……」

「やめて、考えたくもない」

「いやいや、考えておかないとダメなやつだから」



 気持ちは分かるが、準備はしておくべきだろう。とはいえ自分に船酔いの経験がないので、何をすればいいか全く分からない。



「ほれ、ひとまずこれでも舐めとけ。とりあえず気分は紛れるだろ」

「……ありがとう」



 助け船を出してくれたのはガイさんだリーゼは貰った飴玉を口に入れ、楽な態勢で目を瞑る……のは良いが、さりげなく俺の膝を使うのはやめろ。



「船に不慣れな人間がいるなら持っておいた方がいいって言われてな。やっぱ事前に聞いておいて正解だったわ」



 どうやら事前に聞いて回っていたのは本当のようだ。てっきり建前だと思っていた。



「護衛する側がダウンしてどうするんだいって話ではあるけどね。まだ魔獣は出てないし、休めるときに休ませておきな」

「休ませてやりたいのはやまやまなんだが、仕事の時間だ」



 会話に割り込んできたのは、甲板に上がってきたコルカタだ。



「予報通り、これから嵐の中を突っ切らなくちゃならねぇ」

「うえ、マジか」



 確かにさっきまで晴れ晴れとしていた青空は、いつの間にか灰色に染まっている。たちまち船は雷雨の中に巻き込まれた。



「まぁこの船はそこらの嵐なら問題ない代物なんだが、嵐と共にやって来る魔獣は少なくねぇ。船員の索敵だけじゃ限界があるから、各自配置に付いてくれ」

「おう、了解だ」



 この船に乗っているのは俺達やコルカタとクリムト以外にも複数の船員が乗船している。物資の他にも、コルカタ達を含めた船員の身を守るのが俺達の仕事だ。



「リーゼ、動けるか?」

「……ん、なんとか」



 いつもよりややゆったりとした動作で体を起こすリーゼは、やはりまだ本調子とはいかなさそうだ。だがすぐに戦闘になるわけでもないし、索敵くらいなら……



「魔獣が出たぞ!!」

「早速か!!何が出やがった?」

「スカイサーペントだ!」



 その声と共に海から飛び出してきたのは、俺と同じくらいの体躯を持つ巨大な魚の魔獣。ヒレを翼のように羽ばたかせて対空するさまは、トビウオを彷彿とさせる。



「面倒なのが出やがったな……アイツは口から出す水球が甲板を貫通するんだ!それだけは絶対に防いでくれ!」

「んなこと言ったって、あの数を防ぐのは中々厳しいぞ……!」



 スカイサーペントの数は今空中で見えているだけでも十を超えている。海中にまだ中にいる可能性も十分にあり得るし、何より純粋な防衛となると俺は役に立たない。



「GIGIGI!!」

「GIU!」

「うお!?」

「くっ、重い……!」



 二体のスカイサーペントが放った水球を、それぞれガイさんが盾で、シルヴィアが剣で散らすようにして迎撃する。大盾使いのガイさんを数歩後ろに下がらせているところを見ると、甲板を貫通する威力というのは間違いじゃないらしい。



「カルティ!!何とか数を減らせないか?」

「やってるけど……炎系の魔術が使えないのが辛い所だね」

「GIGI!!」



 カルティさんが複数の魔術を展開させて討伐を試みるが、得意魔術が嵐のせいで使えず、今使える魔術だと威力不足で散らされてしまっているようだ。


 リーゼはまだ気分が悪そうだし……やってみるか。



「こいつらはすばしっこいからそもそも討伐は無理だ!!船をとばすから、とにかく水球の迎撃に…………専念して、欲しかったんだが」

「GIGI!?」

「倒せるならそっちの方が良いだろ」



 ラル=フェスカは銃だが、銃弾に火薬が使われているわけじゃないので、嵐の中であっても問題ない。カミラの迷宮の中で水中戦を強いられたこともあったが、実弾のラルはともかくフェスカの威力は全く変わりなかった。


 スカイサーペントはかなりの間対空が可能みたいだが、鳥のように空中を飛び回っているわけではなく、あくまでその場に留まっているだけ。つまり当てるのは簡単なんてものじゃない。



「いやいや坊主、銃弾だって空気抵抗は受けるだろ。この嵐と不安定な足場の中でよく正確に狙えるな」

「風は吹くって分かってるなら読むのは容易いですし、多少狙いを外してもあの巨体ですからね。最悪ヒレに当てれば撃ち落とせますし」



 呆れるようなガイさんの視線を後目に、サクサクとスカイサーペントを撃ち落としていく。



「シルヴィア、もし殺しきれなかった奴が甲板に落ちたら頼む」

「了解よ」

「待てエイム。そこまで簡単に相手出来るなら、殺したヤツも甲板に落ちるようにしてくれ」

「別に良いが、理由を聞いても?」

「アイツの肉、結構美味いんだ。それに海に死体を落としすぎると、血の匂いに惹かれてもっとやばいのが」

「副船長、ヤツです!!」

「……遅かったか」

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