214.種族差別

(ああ、なるほど……)



 これは初対面の会話として相応しく無さそうだな。それならマーティンでほとんど見なかったのも頷ける。



「なんでぇ、知らなかったのか?」

「ええ、マーティンで暮らし始めたのはほんの二、三ヶ月前なもので」

「ほう、移住か。珍しいな」



 話している感じ、そこまで気を悪くしてなさそうなのが救いだ。どうやら勘違いしているらしいが、話すと長くなるしそのまま勘違いしておいてもらおう。



「コルカタ、まだ自己紹介も済ませてないですよ。」

「おっと、そうだったな。俺は副船長のコルカタ、さっきも言ったが狼の獣人だ」

「船長のクリムトです」

「地方開拓軍所属、エイム・テンザキです」



 俺に続いたシルヴィア達が、各々自己紹介を済ませる。それにしても、コルカタさんは副船長だったのか。てっきり船長だと思ったんだが。



「船長は私ですが、船ではコルカタの指示に従ってください。実質的な船長は彼ですから」

「…ならなぜクリムトさんが船長を?」

「その方が面倒が少なくて済むのですよ。今でこそ機会は減りましたが、私達は様々や場所へと物資を輸送します。獣人が忌避される街にもね」

「俺が船長だと、荷物が獣臭いって言い出すやつとか、代金を踏み倒そうとするヤツが跡を立たねぇんだ」



 ……俺が想像していたよりも、種族差別は深刻らしい。人によって好き嫌いがあるのは当然だと思うが、種族を一括りにして嫌うのは理解ができない。



 コルカタさんは色々と損な人生を送ってそうで気の毒に感じるが、そこまで根深い問題なら確認しておくべきことがある。



「王都は大丈夫なんですか?そこらへん」



 俺達にはダークエルフであるリーゼがいる。こんなくだらないことで行動を制限されるのは面倒極まりないが、個人でどうしようもないなら気をつけないといけない。



「……あーなるほど、リーゼだっけか。種族は?」

「ダークエルフ」

「……本物か?初めて見たぜ」



 リーゼがフードを取って素顔を見せると、コルカタさんの表情には驚きが浮かぶ。人生経験が豊富そうなコルカタさんでも、ダークエルフを見るのは初めてだったらしい。



「アルスエイデンは種族平等の法がありますので、お膝元の王都は基本的に問題ないでしょう。物珍しい目では見られるでしょうがね」

「そもそも、エルフが差別対象になることはほとんど無いしな。ダークエルフは分からんが、まぁ大丈夫じゃないか?」



 確信を持てるほどの返事は帰ってこなかったが、とりあえずは大丈夫そうだ。良かった。



「心配なら、貴族や大商人には近づかないことだな。権力を持っている人間ほど、法を遵守する意識は低い傾向にある」

「分かりました。ありがとうございます」



 言葉面では了承したが、実際どうなるかは分からないな。商人はともかく、俊となぎさの身柄が国家間の取り引きで交換されている以上、邂逅を果たすためには貴族や王族と会わなければいけない可能性は高い。



「……ごめんね、エイム」

「謝るなよ。別に問題になると決まったわけじゃないし、そうなってもリーゼに責任は無いから」



 これは本心からの言葉だ。悪いのは種族という枠組みだけを見て嫌う人間達であり、リーゼに非はない。



「そろそろ王都に向かうぞ、嵐の予報が出てるんだ。なるべく急ぎたい」

「了解です」

「それからエイム、船で敬語は禁止な。戦闘においちゃ俺らは素人に毛が生えた程度。変に遠慮があると互いに命に関わる」

「分かり……分かった、これでいいか?」

「おう、よろしくな」



 手をひらひらと振りながら、コルカタさんもといコルカタ達が船内に入る。



「それじゃ、俺達も……なんですか、その目は」



 俺達も続こうと後ろを振り返ったところで、何やらにやにやとした視線を送るローレンガー夫妻の姿が目に入った。はっきり言ってちょっと気持ち悪い。



「いやぁ、坊主もリーダーとしての姿が板についてるなぁと思っただけだ」

「依頼主との対応もそうだけど、さりげなく仲間の事情を気にかけたり、色々と気を配っていただろう?」

「……別にリーダーじゃなくても、仲間のことを気にかけるのは当たり前だと思うんですけど」



 そもそもリーダーだって形式的なものに過ぎないわけで、特段俺達の間に上下関係があるわけじゃない。



「……そうですね、エイムは気配り上手です」

「シルヴィアさん!?」



 恐らくは先程のやり取りのことを指して言っているんだろうが、この場で余計なことを言わないで欲しい。



「ほら、お嬢もこう言ってるぜ」

「覚えときなエイム。当たり前のことを当たり前に出来る人間ってのは、以外と貴重なんだ」

「二人には当たり前を褒められると、とても居た堪れない気持ちになるってことを覚えて欲しいです……もういいですから、行きますよ!」



 突き刺さる生暖かい視線から逃げるように、俺は船内へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る