213.シルヴィアの憂い

「で、どうしたんだよ」

「……なにが?」



 リーゼがガイさん達に連れられ港へと向かう間、俺はシルヴィアと二人で軍へと向かっていた。



「さっきから、というかマーティンを出たあたりから様子が変だぞ」

「……そんなことないと思うけど」

「誤魔化すなよ。ガイさん達とは積もる話もあるだろうに、露骨に口数が減ってる。何も無いと思う方が無理な話だ」

「……」



 ガイさん達との別行動を了承したのは、様子がおかしいシルヴィアにその理由を尋ねる意図もあった。無意識かとも思ったが、この感じだと自分の異変には気付いているらしいな。


 じっと目つめる俺の目線を受け止めるシルヴィアの表情は、普段からは考えられないほど弱々しい。シルヴィアのかつての相棒、アイナさんの話をしてくれた時ほどじゃないが、似たような何か、どこか後ろめたさのようなものを感じる。



「王都に何かあるのか?」

「まぁ……その……」

「……シルヴィア。今回は一応任務の体裁をとっちゃいるが、実態は完全に俺の我儘だ。親友に会いに行きたいって言うな。別に向こうに危険が待ってるわけじゃないし、そのまま王都に住み着こうって訳でもない」

「……ええ」

「シルヴィアが王都に何か思うところがあるなら、無理に付いてくる必要はない……どうする?」



 言外に留守番を薦める俺の言葉に対し、シルヴィアはしばしの間逡巡を巡らした後……。



「いいえ、私も行くわ」



 その首を横に振った。



「……良いのか?」

「ええ。確かにエイムの言う通り、王都にはちょっと行きたくないのだけど、別に大したことじゃないの。それ以上に、エイム達と別行動になる方がいや」



 そう言いながらも嫌がる理由を話してこないということは、きっと「大したこと」ではあるんだと思う。でなければシルヴィアは、先ほどのような弱々しい態度を見せるような人間じゃない。



(俺達と別行動になる方がいや、か……)



 それはつまり、二つを天秤にかけたときにこちらに傾いてくれたということ。そう思うと、少し胸のあたりがじんわりとしてくる。



「……ありがとな」

「お礼を言うのはこっちでしょ。気にかけてくれてありがとうね」



 首を傾けながら俺を覗き見るシルヴィアの表情からは、先ほどまでの憂いが消え去っている。それどころか今度は、にやにやとした表情で俺の事を見つめていた。


 きっと読心術を習得しているシルヴィアは、俺の内心にも気付いているだろう。それを敢えて無視したシルヴィアの気遣いが、今はとてもありがたく感じた。





♢ ♢ ♢




「私達の船はどれかしら」

「多分あれだろ」



 ひとまず懸念していたことも一応解決し、ギルドで必要な手続きを済ませた俺達は、ガイさん達との約束通り港までやって来ていた。


 『混沌の一日』以前の横浜港の姿をほとんど覚えていないのであまり確証めいたことは言えないが、今の港の姿は変わり果てているように思う。船を横付けするための桟橋は木製だし、コンテナを運ぶクレーンのようなものも見当たらない。


 なのに停泊している船のサイズは以前と変わりないように見える。あのサイズの船に人力で積み荷を運んでいるのなら、搬入だけでかなりの人員が必要になりそうだ。



「あ、ほら。ガイさん達だ」

「おーい!坊主達ー!」



 ギルドから、今回の輸送船は停泊している中で一番大きいものだと聞いていたので、目的の船はすぐに見つけ出すことが出来た。確かにデカイ、二メートルを超えるガイさんが米粒みたいだ。



「話は終わりましたか?」

「ん?……ああ、あらかた必要なものはここらの人達から聞いておいた。とりあえずは事前に準備しておいたものだけで大丈夫そうだぜ」



 俺が聞きたいのはそっちの話じゃないんだが、ガイさんも分かってて話を逸らしているので追求は無意味だろう。特別内容が気になっているわけでもないし、もういいか。



「丁度良かったよ、これから船長と顔合わせなんだ。二人も参加しておくれ」

「分かりました、ここで待っていれば良いんですか?」

「おう、話だとそろそろ……ああ、来たな」



 やって来たのは2人の男性、どうやら片方は獣人のようだ。見た目からして多分犬か狼あたりかな。



「狼だ。俺は気にしないが、狼は犬と間違えられるのを嫌う奴が多い。気をつけな」

「……これは失礼」



 獣人は他生物の見た目を継承したような容姿をしている。なので獣人と一括りにされることが多いが、見た目は大きく異なる。性格なんかも見た目の元となった動物と近寄ることが多い、とマーティンの図書館の資料には書いてあった。



「獣人を見るのは初めてか?」

「話すのは初めてですかね、中々機会に恵まれなくて」

「マーティンは獣人が住みづらかったからなぁ、そういうこともあるか」

「そうなんですか?」



 と、ここまで静かにしていたガイさんが、俺にそっと顔を寄せる。



(以前統治していた領主が獣人嫌いでな。迫害とまではいかなかったが、重税とかで実質的な追い出し政策をやってたんだ)

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