210.足代わり
トウキョウを出てしばらく歩き、街の姿が見えなくなったころ。丁度良く見えてきた森の中へと視線を動かし、心の中で呟く。
(出てきてくれ…どうせ『
(うむ、来たか)
その瞬間、森の中が静かになった。その森に暮らしていた魔獣達が、絶対的な上位存在が移動を開始したことを悟り、一斉に息を潜めたのだ。
「久しぶり」
「なんでリーゼは普通に挨拶出来るのよ…」
「まぁ、緊張してもしゃーないだろ…久しぶりだな、
そう、俺達が用いる移動手段、それは神様だ。神様を足代わりに使う…字面がすごい。
「…うむ」
「どうした?変な顔して」
「よく表情が読めたな…いや、我の感覚からすれば『久しぶり』ではないのでな」
「ああ、そういう」
そりゃ悠久の時を生きる神様からすれば、一か月程度じゃ久しぶりとはならないか。
3日前、先輩の家でゆったり寛いでいたら突然脳内に
「もう里の人達には会ったのか?」
「ああ、森に住むことも許可してもらえた」
森の魔獣達は少し気の毒だが、
「1つ、頼まれ事はあったがな」
「頼まれ事?」
「これをそこの娘に送り届けて欲しいと」
深い毛に埋もれてて分からなかったが、確かに
因みに、足がわりに使うことは向こうから提案されたことだ。流石にタイミングがいいからと言って、そこまで剛毅な提案はしない。
「…私に?」
「うむ、ほれ」
前足を使い器用に小袋を外し、そのままリーゼに投げ渡す。
「何が入ってた?」
「手紙と…なんだろ、これ」
リーゼの手に握られているのは、拳大の巨大な赤い宝石があしらわれたブローチだ。周囲の光に照らされ美しい輝きを放つその姿は装飾品としてだけでも充分に価値があるが、ただ美しいと言うだけで神様を動かすとは思えない。
「手紙に何か書いてあるんじゃないか?」
「ん、読んでみる」
手紙の封を開けると、そこに書かれていたのは…
『やる』
「…なぁ、お前の父親ってこんな言葉足らずな人だっけ」
「…私も初めて知った」
何も情報が増えなかった、リーゼでももうちょい喋るぞ。里で話していた感じ、別に無口な人ってわけでもなかったんだけどな。
「…仕方ない、我が説明しよう」
若干呆れた様子の
これは救命のブローチと呼ばれるアイテムで、着用者にとって致命となる攻撃が迫った時、障壁を展開することによって一度だけその攻撃を防ぐ代物だ。
どうやらダラビエトレントの死体を処理する途中で見つかったものらしく、自分達には不用だから、という理由でリーゼに渡すことに決めたそうだ。
「『救命のブローチ』ねぇ…」
「グリゴールの持ち物だったのかな?」
「だったら自分で付けてそうだが…真相は分からんな」
あいつの所持品だったのか、元々森の地中に埋まっていたものが出土したか。それが分かるのはグリゴール本人だけだろう。
「こんな名前だし、エイムが持っておくべきじゃない?」
「いやいや、それは里からリーゼにってことでここまで運ばれたんだろ」
それに、俺からするとそんなでかいブローチは邪魔でしかない。俺やシルヴィアは回避を主におくタイプで、そういう意味では一撃が命取りになりやすいので有用なアイテムと言えるかもしれないが、そのブローチが動きを阻害するようであれば本末転倒だ。
「お前が持っておけって、もし必要な場面になったら借りればいいし」
「…ん、りょーかい」
「そろそろ行きましょうか、話は移動しながらでも出来るんだし」
シルヴィアの言う通りなので、俺達は
流石に三人で背に乗ると少し窮屈で、自然と互いが密着する…うん、俺の後ろがリーゼで良かった。シルヴィアだったら俺の理性が危なかったかもしれない。
「…何か失礼なこと考えてない?」
「気のせいだ……
「無論、誰でも乗せるというわけではないが、そなたらならば問題ない…しっかり掴まっていろ」
次の瞬間、景色が森から荒野へと変わった。
「うお!?」
先程までいた場所は既に視界から消え去っており、激しい風が顔に当たっているため、目を開いていることすら難しい。
(速いなんてもんじゃないだろこれ…!)
人を三人乗せてこれなんだ、もし何も枷が無い状態で全力疾走したらどうなるのか。一日で世界一周できる気がする。
(そういえば)
(なんだ、こっちは余裕ないぞ)
迫りくる風圧に必死に耐えていると、
(まだ儀礼は済ませていないようだな)
(…言ったろ、軽々しく出来るもんじゃないって)
そもそもやる予定はない、相手が誰であっても。
(…ふむ、決めるのは我ではない故無理強いはせんが、必要に駆られた時は躊躇うなよ)
(……善処する)
まるでいつかその時がやって来るかのような物言いに一抹の不安が
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