209.きっと、また
「本当に良いのですか?」
翌日。俺、シルヴィア、リーゼの三人は身支度を整え、朝早くから門の前までやって来ていた。
時間が早朝であるため見送りの数はそれほど多くなく、桜先輩と菊川さん、それと葛城総司令や正真さん、珍しいところだと最初にカツロ山で出会った不法侵入者の二人くらいだ。
(まぁ、それほど交流を深めたわけではない、ってのもあるな)
なんやかんやでそれなりに長い期間滞在したし、活動の過程で顔を知られもした。
だから俺達の顔や名前を知る人は多いだろうが、逆に俺達、少なくとも俺に関してはほとんどトウキョウの住人の名前を知らない。現に目の前にいる、盗掘をした現冒険者の二人の名前を知らないし。
「私達に遠慮する必要はないのですよ?歩いて帰ってたらいつまでかかるか分かりません」
葛城総司令が言っているのは、マーティンまでの移動手段のことだ。当初はトウキョウから車を出してもらう予定だったが、別の足が見つかったため急遽断らせてもらった。
だが今ここにあいつを呼び出すわけにもいかないため、皆から見ると俺達は徒歩でマーティンまで帰る選択をしているように見える。
「大丈夫です。俺達が帰るためだけに、あんな大規模な部隊を編制させるのは勿体ないなんて話じゃないでしょう」
荒廃した世界では、街から街への移動は危険極まりない。
俺達だけならどうとでもなるし、【
【
「あなた達はただの軍人ではないわよ、確実にね…ただまぁ、三人がそれで良いと言っているのですし、無理強いする理由もないのでは?」
「…それはそうなのですがね」
先輩がこちら側に付いたことにより、葛城総司令は渋々ながらも納得してくれたようだ。面と向かって「嫌い」だと言われた相手に対してここまでお節介を焼こうとするのは、総司令の人の好さが如実に表れていると思う。
因みに先輩だけには、俺達の移動手段について伝えてある。あの驚きと呆れの混じった表情は、失礼ながらちょっと面白かった。
「…シルヴィアさん、リーゼさん」
「ん?」「はい」
「私、もっと強くなるわ。もっともっと強くなって、いつかあなた達や英夢君に並び立てるくらいに」
「………」
「だから、その時は…私もあなた達の一員に加えて欲しいの」
そう二人に話しかける先輩の顔には、先日の決然としたものではなく、上目遣いでどこか懇願するような表情が映し出されている…うん、昨日あの表情じゃなくて良かった、俺と店主の心臓が危険に晒される所だった。
そして突然話しかけられた二人はしばしの間お互いを見つめ合った後…。
「待ってるね」
「サクラさんなら大歓迎です。でも、無理だけはしないでくださいね」
「…二人とも、ありがとう」
二人も先輩が輪に加わることに異論はないらしい。いつのなるかは分からないし、何なら一生その時が訪れない可能性が高い。
だが俺だけでなく二人にも話したところを見ると、先輩は本気のようだ。もしかしたら…案外、その時はすぐにやって来るかもしれない。
「英夢君」
「しょ、正真さん」
そんな微笑ましい光景だが、唯一全く笑顔が見えない人物が一人。正真さんは俺でもたじろぐレベルの【威圧】を発動させ、俺に話しかけてきた。怒っているわけではなさそうだが、やはりこの人の前では委縮してしまう。
「…桜のこと、よろしく頼む」
「……へ?」
てっきり先輩に手を出さないよう釘を刺されるものだと思っていたが、聞こえてきた言葉はそれとは全く逆の言葉。俺以外には聞こえない声量であり、近くシルヴィア達の耳にも届いていないようだ。
以前は絶対に男を寄せ付けさせず、それはマーティンでも変わりないように見えた。だがここ最近、カツロ山の問題が解決してからは、まるで別人になったかのように、俺への態度が柔らかくなった気がする。
「一体、どういう心境の変化で?」
思い切って、俺は正真さんに直接聞いてみることにした。
「変わっていないさ、私は今も昔も、娘のことを何よりも愛している。変わったのは…変わるのは、心境ではなく戦況だ」
「……?」
「…今は気にしなくても良い。だがもう一度桜が君の目の前に現れた時は、どうか拒まないで欲しい」
「…分かりました」
正真さんの言葉を全て理解できたわけじゃない。だがどんな思惑があったとしても、そもそも俺が先輩を拒む理由なんて存在しない。
俺の言葉を聞き、正真さんは【威圧】を解く…よくよく考えてみれば、【威圧】を発動させながら頼む内容ではないな、確実に。
「…話は終わった?」
「ああ、そっちは?」
「終わったわよ」
元盗人の二人も特に話に来たわけではなく、本当に見送りだけだったようで、こちらを遠巻きに見つめながら手を振っている。まぁ、今この場に居る人間は上司しかいないわけだし、話に来いってのも無理な話か。
「…じゃ、いくか」
「ん」「ええ」
「それじゃ、先輩。また」
「ええ、またね」
長々と別れを惜しむ必要はない、お互いの安否すら分からなかったのに再会できたんだ。きっと、また会える。
俺達は後ろを振り返ることなく、変わってしまったかつての首都を後にした。
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