208.旅立ちの前日 後編

 魔晶石。


 先日攻略した遺跡から出土品の一つで、魔力を貯蓄、そして任意のタイミングでその魔力を回収できるという、魔力版の充電式電池のような性質を持った石だ。


 現代においてもそれなりに普及しているらしいが、ここまで小型で、さらに貯蔵量も膨大な品は見たことがない、と王国出身の魔術師が言っていた。貯蔵量は俺の全魔力の半分程度、魔術師系の職業じゃない先輩なら今は十分過ぎると思う。



「…それ、私が貰っても宝の持ち腐れじゃない?」

「そんなことはありませんよ」



 魔力を最も消費する職業は魔術師系統だと思われがちだが、彼らには魔力の消費を抑えたり、回復を早めたりするようなスキルが存在している。


 そのため、ある程度熟練となった【魔術師マジシャン】が魔力に困ることはほとんどないという。なら、この世界において最も魔力のやり繰りが厳しい職業は何なのか。



 それは、先輩の【弓士アーチャー】のような物理攻撃を行う遠距離攻撃職。



「え?でも私、戦闘で魔力を使うことなんて全然無いわよ?」

「今はそうかも知れません。ですが【弓士アーチャー】には、矢を魔力で生成するスキルがあるんです」



 どうやら先輩はまだ習得出来ていないみたいだが、マーティンの図書館で入手した確かな情報だ。


 そしてこのスキル、魔力を物質化するせいで消費魔力がバカみたいに多いらしい。そのため通常は矢が切れた際の悪あがき的なスキルらしいのだが…。



「…これがあれば、連発も可能になるってこと?」

「多用厳禁なのは変わりありません。ただ、悪あがきから切り札にはなると思います」



 弓の実力で言えば規格外と言っていい先輩がまだこのスキルを習得出来ていないのは、多分体内魔力量の問題だと思う。一朝一夕で身に付くものではないだろうが、先輩ならそのうち習得できるだろう。



「まぁ、確かに今は宝の持ち腐れかもしれませんが。必要になったら他人に貸してもいいですし」

「いや、折角の贈り物をそんなことはしたくないわよ…かけてくれる?」

「ええ、魔力の供給もやっちゃいましょうか」



 頭をこちらに傾ける先輩に、恭しい手つきで首にネックレスをかけ。花びらに触れて魔力を流し込む。如何せん内包できる魔力が膨大なため、一瞬で供給完了とはいかず、自然としばらくの間密着することになった。



「ん…すごい魔力。流石としか言えないわね」

「こいつがじゃじゃ馬でしたからねぇ…苦労させられましたよ」



 俺の三年前の魔力量がどんなものだったのか。今では知りようもないが、当初はフェスカの銃弾十発程度で魔力切れになっていた。


 魔力切れになると倦怠感が襲って来て碌に動けなくなるし、本当に大変だったなぁ…と、当時のことを思いだして苦笑いを浮かべる。



 先輩はそんな俺を見て同じように苦笑いを浮かべた後、哀愁を漂わせた表情に変え、ぽつぽつと語り始める。



「…私ね、英夢君がこの前を断った時、今の地位を捨てて英夢君達に付いて行っちゃおうかなー、なんてこともちょっと考えたのよ」

「…先輩」

「分かってるわ、私じゃ足手まといなことくらい。あそこの古代遺跡で嫌という程痛感したもの、君と私との差はね」



 今の先輩の言葉は、残念ながら何一つ間違っていない。三年という期間は、俺と先輩との実力差を決定的なものにしてしまった。



「でもね、英夢君」



 どういった言葉をかけるべきか、そう頭を悩ませていると、そんな俺の頭を先輩の両手が挟み込む。



「私はいつか…いつになるかは分からないけど、あなたに肩を並べられるくらいの存在になってみせるわ」

「……」

「あら、無理って言いたそうな表情をしてるわね?」



 先輩には失礼だと思うが、正直無謀だと思う。今の俺に追いつくというだけなら、時間はかかるが先輩ならいつかは辿り着けるだろう。だが、俺もまだこの実力で満足するつもりはない。



「…まだ強くなろうとするその向上心には呆れるけど、だからと言って私が諦める理由にはならないわよ。その程度のことで諦められるなら、君のことを三年間も探してないわ」

「それは、そうかもしれませんが」

「無謀なことを行っているのは承知の上よ。だけど、もし君の隣に立てるくらい強くなったら…その時は、私も一緒に歩かせてほしいの」



 先程の哀愁に満ちた表情は姿を消し、先輩は決然とした表情で俺を真っ直ぐに見つめる。頭を固定されているため、俺は目を逸らすことが出来ない…これ以上は野暮か。



「待っていますよ」

「……」

「と言っても、立ち止まるつもりはありませんが。またあの時みたいに先輩と一緒に帰れる日を、楽しみにしてます」

「…ありがとう、それで充分よ」



 そう言って先輩は俺の頭から手を離し、そのままコロコロと微笑む。その笑顔が眩しくて、俺はぷいっとそっぽを向く。そしてその視線の先には…顔を赤らめる、店主の姿があった。



「えーと、その…性能は問題ありませんでしたね?」



 ……店の中だったの忘れてた。



 

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