207.旅立ちの前日 前編
「今日は一日空いてるの?」
「はい、もう出発の準備は万全ですから」
あれから一週間ほど経過し、マーティンへの出発を明日に控えた今日。俺は桜先輩と共に、街へと散策に出かけていた。
本当はもう少し早めに出発する予定だったんだが、とある準備に時間がかかってしまい、少し滞在期間を延ばすことになってしまった。まぁ、王国にいるであろう俊やなぎさとは三年間もあってないわけで、今更一週間程度延びてしまっても些細な違いでしかない。
それに明日この街を出れば、先輩とはしばらく顔を合わせることはなくなる。この一週間もゆっくりと話す時間が取れなかったし、丁度いいタイミングだった。
シルヴィアとリーゼは少し街の外に出ているし、菊川さんも(余計な)気を利かせてくれたので、今日は先輩と二人きりだ。
「それにしても…俺が来た時とは別の街みたいですね」
「見た目は変わってないのだけどね、同感だわ」
先輩の言う通り、建物の外観は今まで通りだし、以前の東京のようにイルミネーションが施されているわけでもない。だが、街を行き交う人々の活き活きとした表情が、街の様相を大きく変えていた。
退院した時にも似たような感想を抱いたが、今はその印象をより一層強く感じる。
「どう?街に残りたくなった?」
「それとこれとは話が別です…と、着きました。ここです」
全く本気度が伝わってこない言葉を軽くスルーし、俺は目的地の前で立ち止まった。
「ここは?」
「所謂、アクセサリーショップってやつですかね」
「…そんな場所がこの街にあったなんて」
「まぁ、店って言っても工房に近いですけどね。収入もアクセサリーの修復が主って言ってましたし」
こういった装飾品は、言えば生活には必要ない贅沢品。余裕のない生活をしている人が多いこの街では、ほとんど稼ぎにならなかったという。
だが、そんな中でも店主はこの店を続けていたらしい。あるものをお願いする際に少しだけ話をしたが、本当にアクセサリーが好きなのが伝わって来た。
「とりあえず、入りましょうか」
俺はそう言いながら、店の扉を開ける。当然、以前のような自動ドアはもうこの街にはない。
「いらっしゃいませ…ああ、天崎さん」
「お久しぶりです」
「あらあら、随分と美人さんなこと…彼女が
「ええ、そんなとこです…お願いしていたものは?」
「バッチリですよ、性能の方は私の専門外なので何とも言えませんけどね。すぐに持ってきます」
そう言って店主の女性は店の奥へと行ってしまったので、俺と先輩は商品を見ながら時間を潰す。
「へぇ…ただのハンドメイドショップってわけじゃなさそうね」
「そうですね、趣味の延長では済まないレベルですし」
並べられた商品はそのどれもが、細部までこだわって作られているのが素人目にも分かる。材質も金属やガラス等、ただの趣味人には扱えないようなものばかり。『混沌の一日』以前のこういった店とは無縁の生活を送っていたが、それと比べても遜色ないレベルだと思う。
「…で?今日はなんでまたここに?」
「そりゃあ、先輩に以前からの感謝も込めてのプレゼントをと思いまして」
「ふーん…私の目は厳しいわよ?」
そう言いながら、先輩はにやにやとした笑みを浮かべる。ここに二人で来た時点で、そんなことは分かっているでしょうに。
「自分も完成品は見てないので何とも言えませんが…まぁ、役に立つとは思いますよ」
「役に立つ…?」
装飾品はあくまで着飾るもの、決して何かに役立つような道具ではない。だから先輩は、俺の言い回しに違和感を覚えんたんだろう。
プレゼントの正体について思案する先輩を眺めていると、店主が小さな箱を手に戻ってきた。
「こちらになります。性能の方も問題ないと思いますけど、念のため一度試して貰えます?」
「はい。先輩、受け取って貰えますか?」
「ええ…開けてもいい?」
「どうぞ」
小箱から姿を現したのは…。
「これは…ネックレスかしら?」
「はい…ちょっとベタかも知れませんけど」
周囲の光を反射させて存在感を放っているのは、桜を模したピンクゴールドのネックレス。先輩の名前からこのような形で注文したのだが、あまりに安直過ぎて似たようなものを既に持っているかもしれない。
「そんなことないわ、とっても嬉しい…それに、これだけじゃないのでしょう?」
先輩は先程のにやにやしたものとは違う、どこか挑戦するような笑みを向けてくる。とりあえずデザインに不満はないようで一安心だ。
そして先輩の言う通り、このネックレスは見た目だけの品じゃない。
「花びらの一枚だけ、材質が違うでしょう?」
「…ほんとだ。他は金属だけど、これはガラス?」
違和感が出ないよう表面に塗装が施されているので気づきにくいが、よく見ると花びらが一枚だけ半透明なのが分かる。
「魔晶石、と言うらしいです」
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