206.死神の情動 後編

「あいつらは、小学校からの、俺の数少ない友人なんです」

「「……!!」」



 想像でしか語る事が出来ないが、【勇者ブレイヴ】がよくある小説にあるような職業だとすれば、確かにあいつなら適任だと思う。少なくとも俺はあいつ以上に似合う人間を知らない。



「その選択を、批難するつもりはありません」



 必要な選択だったのは理解できる。俺だって同じ立場で選択を迫られたらそうする。あの二人じゃなければ。


 それにきっとお人好しなあいつのことだ。話を持ち掛けられたとき、二つ返事で応じたのが容易に想像付く。なぎさも、そんな俊を一人で見知らぬ土地に置いていくことはしないだろう、俺がいないなら尚更そうするはず。



「だけど、俺はあなた達が嫌いだ」



 今の生活に不満があるわけでもないのに、嫌いな相手が住む街に移住しようとは思わない。例えどんな待遇を用意されたとしても。


 黙りこくってしまった二人を余所に、俺はソファから立ち上がり、そのまま指令室を後にした。






♢ ♢ ♢





 本部に三人の姿が無かったため、受付に聞いてみたところ、喫茶店に向かったという話を聞き、俺は話にあった場所まで向かった。



「エイム、こっちよ」

「こんなところにいたのか」

「もっと長くなると思ってたから」



 確かにその場所では三人が何やら小洒落たお菓子を囲みながら、楽しそうに談笑していた。美人の彼女達が談笑している姿は非常に絵になっており、荒んでいた心が和んでいくのを感じる。



「何か頼む?」

「あー、じゃあ俺も紅茶、砂糖は抜きで」



 そんな光景に俺が入っていいものかと思ったが、だからといって輪に入らないのも変な話だ。これ以上テーブルにお菓子を並べるスペースは無さそうだったため、飲み物だけを頼み席に座る。



「それで、どうしたの?」

「断って来た。悪いな、勝手に決めちゃって」



 今までの大事な選択も、なんとなく流れで俺が決めてしまっていた気がするが、今回に関しては完全に独断で決定してしまった。



「別に良いわよ、今回に限って言えばここに移り住むのはメリットが薄すぎるし」

「私はそもそも定住したくない」



 そういえば、リーゼが里を出た目的は見聞を得ることによって強くなるためだったな。今の俺達のような、拠点を持ちながらも外に出るような生活なら話は別だが、戦力が不足しているこの街に移住すれば、そんな生活を送ることは出来なくなるだろう。そう考えると、確かに移住はデメリットでしかないか。



「サクラは振られちゃったね」

「…やめてくれ、何となくいたたまれない気持ちになるから」



 リーゼのあまりに直接的な攻撃に、俺は思わずツッコんでしまう。正真さんが先輩との縁談をチラつかせたせいで、今の俺は間接的にとはいえ、それをお断りした形になっている。勿論断った理由に縁談云々は全く関係ないんだが…。



「気にしなくて良いわよ。ちょっと惜しかったな、って気持ちはあるけど」

「…えーと、まぁ、何と言いますか…」

「だから気にしなくても良いってば。この前にお父さんから縁談の話をされたときも、なんとなく断られるんじゃないかなとは思ってたし」

「へえ…でも、エイムは私達から見ても結構サクラさんに対して心を許してると思いますけど」



 …まずい、会話が女子会になり始めた。これは絶対この場に俺が居ちゃいけないヤツだ。



「そりゃあ、結構付き合いは長い方だもの。今の英夢君を見てると忘れちゃいそうになるけど、三年前は結構人見知りというか、人に対して壁を作りがちだったし」

「そうだったの?」

「前に話したろ?子供の頃には色々あったんだよ」



 正直こっちの話もあまり歓談の材料としては好ましくないが、話が逸れるなら大歓迎だ。今の空気感は非常に居心地が悪い。


 無事話を逸らすことに成功したものの、そこからしばらく俺の昔話を蒸し返されてしまい、俺は結局居心地の悪い時間を過ごした。





♢ ♢ ♢





「…申し訳ございません、先にお話ししておくべきでした」



 英夢が去ってからの総司令室には、彼ら以外の人間がこの場に訪れれば窒息してしまうではないかと思ってしまう程の、重々しい雰囲気が漂っていた。



「…よい。その事実を知っていたとしても、恐らく行動を変えることは無かった」



 正真団長がそう判断するほどに、天崎英夢という人間は魅力的だった。だからこそ、この数奇な運命を呪わずにはいられない。



 そして葛城総司令も、団長と似たような感情を抱いていた。



(なるほど、天崎さんが禁書エリアの蔵書を求めたのはそういうことでしたか…ということは、初めから勘付いていたのですね)



 葛城総司令は、俊に条約の話を持ち掛けた張本人であり、少なからず会話したことがある。ある程度ではあるが、俊の人となりを知るくらいには言葉を重ねていた。だが、葛城総司令の脳内に、英夢の話を聞いた記憶はない。



(…信用されていなかった、ということでしょうね)



 当然だ、と内心で呟く。自らを未知の場所に送り飛ばすような人間を、信用しろというのが無理な話だ。友人が利用されることまでは許容できなかった、ということなんだろう。



(あの調子では、どんな条件を提示して首を縦に振ることはないでしょうね。だとすれば、他の人間を立てるしかない)



 勧誘は失敗に終わってしまった。だが、この街にとって象徴となる人間が必要だという事実は変わらない。



(やはり既存の人間を育成するべきでしょうか。いえ、総司令わたしの後釜を育て、私自身が表に出るか…難しい所ですね)



 どちらの選択にも、メリットがありデメリットがある。総司令はそこからしばらく、頭を悩ませ続けた。


 





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