205.死神の情動 前編
今の俺が持てる全ての神経を集中させて、咄嗟に発動しかけた『死圧』を抑え込む。
…ほんとにこの人達は。
「…所謂、引き抜きってやつですか?」
「ああ、天崎さん一人だけ、という意味ではなく、お三方全員での話です。マーティンからの引き抜き、という意味ではその通りですが。勿論、向こう以上の待遇をお約束しますし、住居等、必要なものは全てこちらで用意します」
「…なんで?」
現状の俺達は、マーティンでもほとんど縛りなく、かなりの好待遇を受けている。トウキョウではそれ以上の待遇を用意出来たとしても、相当無理をしなければいけないはず。そこまでする理由が思い当たらない。
同じことを思ったのか、リーゼが疑問の声を上げる。
「先程も申した通り、この街にはまだ足りないものがあります。それは人材、質の面も量の面でも、現状常に人手不足の状態です。ですが量に関しては、すぐに補えるものではありません」
一人の人間を戦えるまで育てるには、それこそ年単位の時間を要する。戦いを知らなかった日本人であれば尚更だろう。外の人間を抱え込むにしても、大量の人間を雇う余裕はこの街にない。それは理解できるが…。
「質を言うなら、菊川さんや総司令がいるじゃないですか」
「私は立場上前線に出ることはほとんどありませんし、それは彼も同様です。街の住民はともかく、前線の人間の信頼を得ることは出来ないでしょう」
葛城総司令は言うまでもなく、菊川さんもいざとなれば軍人としての立場よりも、正真さんや桜先輩の身の安全を優先するだろう。そう考えると、確かに今のトウキョウには、前線の人間にとって信頼のおける人はいないように思う。
「特典はそれだけではないぞ」
「…正真さん?」
「英夢君、君もそろそろ身を固めるべき年齢に達しているとは思わないかね?」
俺の反応が芳しくないと思ったのか、それとも初めからそのつもりだったのか。今まで沈黙を保っていた正真さんが、会話に割り込んできた。
「…自分はまだ早いとは思ってますが、人によってはもうそういう時期だな、って感じですかね」
「そうであろう?今の君なら、誰かを養うくらい造作もないこと。どこかの街に腰を落ち着けるなら、そういったことも考えるべきだとは思わないかね?」
正真さんはそう言いながら、俺ではなく桜先輩の方に視線を送る。…嘘だろ、あの正真さんが?
(桜先輩、これって…)
(…流石に恥ずかしいから、察してちょうだい)
どうやら予め話は聞いていたらしく、先輩はすまし顔だ。取引材料にされて先輩は良いのか、と疑問に思ったが、きっと覚悟していたことなんだろうな。
「……!ふ、二人とも。一旦それは抑えてくれ」
「何が?」
「別にいつも通りだけど?」
俺を挟んで桜先輩と反対側に座っていたシルヴィアとリーゼの雰囲気が、あまり見たことないタイプの迫力を帯び始めた。言葉にしづらいが、今の二人には何となく近づきがたいものがある。
よく分からないが、二人は先輩とも仲良くなっていたようだし、道具のような扱いを察して怒っているのかもしれない。
「…そちらの件に関しては私の及ぶところではありませんが、とにかくこれが私達が天崎さん達にご相談したいことです。いかがでしょう?」
「………」
「無論、今すぐここに決めてくれ、とは言わない。君達がこの街を後にするまでに決めて貰えれば…」
「いえ、今ここでお答えしますよ」
俺は正真さんの言葉を遮り、シルヴィア、リーゼ、桜先輩の三人に語り掛ける。
「悪い、少し席を外してもらえないか?出来れば先輩も」
「…ん」「分かったわ」
二人にとっては今後の活動を左右する一件だし、先輩にとっては活動どころか人生が大きく動くかもしれない場面。俺はそれを承知の上で、三人に退席をお願いした。
俺の雰囲気が変わったことを感じ取ったのか、リーゼ、先輩の二人は何も聞かずに席を立ってくれた。シルヴィアもそれに続くように席を立ったが、さっと俺の耳元に近寄り、
「私達のことは考えなくていいから、エイムのやりたいようにしなさい」
そう囁き、そのまま三人で部屋を後にする。
三人が出て行くのを確認した俺は、一度ソファに深く座りなおした。葛城総司令と正真さんに視線を送る過程で、後ろに控えていた菊川さんと目が合った。その表情からは、菊川さんが今どんな心境なのかを読み取ることは出来ない。
(すみません、菊川さん。俺はまだ、未熟な人間だったみたいです)
内心でそう謝り…俺は、抑制していた感情を解放する。
「「……!!」」
手加減抜きの『死圧』を受けた二人は、途端に全身を強張らせ、額に汗を浮かべ始めた。もし二人が立っていたのならば、恐らく腰が抜けてしまっていただろう。
「なんというか…随分、身勝手なことを仰るのですね?」
「…私のことかね?」
「ええ、先輩のこともです。ですが、本質はそこじゃありません」
確かに、正真さんが言った「特典」とやらもどうかと思う。だけど、俺が言いたいのはそっちじゃない。
「先程人材が足りないと言いましたが…量はともかく、質の方は三年前にもいたはずでしょう?それを手放す選択をしたのは、他でもない貴方達だ」
「…!そういうこと、ですか」
「気付いたみたいですね」
この街に来て、なんとなくそうなんじゃないかとは思っていた。あの大地震のとき、先輩と同じ場所にいたアイツが、この場所に流れ着いていないわけがないんだ。
──トウキョウ=アルスエイデン友好条約第二項五条──
トウキョウはアルスエイデンに対し、【
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