200.シルヴィアの思い

「リーゼ!助かった!」

「…遅い」



 いつの間にか周囲を飛び回っていた浮遊護衛フローティングガードは姿を消し、ローブの至る所に傷を作っている。誰がどう見ても満身創痍な状態だ。



牢樹キャプトル!!」



 そんな満身創痍のリーゼは、ドーベルコボルドの足元から木の根を生み出し、体に巻き付かせて拘束する。あいつならすぐに引き千切るだろうが、会話の時間を生み出すことは出来る。



「作戦会議は済んだの?」

「ああ…シルヴィアはまだ若干納得いってないみたいだけどな」

「…そんなことないわよ」



 そうは言うシルヴィアだが、その表情から不満が隠しきれていない。



「作戦事態に不満はないわ。不満があるのは、己の無力さよ」

「…納得」

「…いや、今度は俺が納得できないんだが」



 当然だが、シルヴィアが無力であるはずがない。持ち前の速度は勿論のこと、最近では黒剣を手に入れたことにより、一撃一撃の威力にも磨きがかかっている。それがなくとも、シルヴィアのことを無力だと思ったことは一度もない。



「ま、こっちの話よ…本当に作戦に不満はないわ」

「まぁ、それならいいが…リーゼ、疲れてるとこ悪いが、もう一仕事頼めるか?」

「…ん、魔力をくれれば」

「分かった。好きなだけ…は困るが、欲しいだけ持っていけ」



 そう言うな否や、リーゼは正面から俺に抱き着いてきた。これをトウキョウの軍人が見れば、戦闘中に何をやっているんだ言いたくなるような光景だが、これはリーゼの魔力を吸い取るというスキル(?)に必要な動作であって、決して色恋的な目的からではない。


 …だからシルヴィア、ちょっと白い目でこっちを見るのはやめろ。



「…ごちそうさま。魔術数回分なら問題ないよ」

「分かった、じゃあ今からスキルを使ったら、あとは先輩達を頼む」



 今までは、それとなくドーベルコボルドの注意が先輩達に向かわないように気を遣っていたんだが、今からはそんな余裕が無くなる。作戦がうまくいけば向こうにとっても余裕は無くなるはずだが、保険があるに越したことは無い。



「りょーかい」

「うし…じゃ、行くぞ」

「ええ、行きましょう」



 シルヴィアと二人で、俺はドーベルコボルドと対峙する。それに対し、タイミングよく牢樹キャプトルの根から抜け出したドーベルコボルドは、じっと槍を構えてその場で静止する。あれはおそらく転移の予兆。だが、



暗然の黒靄アストニッシュ・ヘイズ!!」

「……?」



 リーゼの生み出した漆黒の霧がドーベルコボルドを襲い、転移を止める。あいつはあくまで人工生物だから、スキルの封殺効果が有効なのか分からなかったが、こちらに飛んでこないということはそういうことだろう。



「しッ!」



 シルヴィアが霧の中へと突っ込み、そのままドーベルコボルドと激しい剣戟を開始した。霧の中へと入ったシルヴィアもスキルの使用が出来なくなり、事実今シルヴィアは『気配察知』無しでドーベルコボルドと戦闘を行っている。



「はぁッッ!!」

「WU……WO……」



 だが、黒剣に魔力を流すことはスキルではなく、シルヴィアの鍛錬の成果だ。勿論シルヴィアも『剣の世界』が使えないなど、色々と制限を受けているが、突然視界が悪くなり、スキルの使用が不可能になった向こうの方が被害は大きい。



「いつもより多目に出しといた。あとはよろしく」

「おう、任せろ」



 リーゼの言う通り、暗然の黒靄アストニッシュ・ヘイズはいつもより範囲が広い。その広い視界妨害を利用し、リーゼはスタスタと先輩の元へと歩いていく。その背中には、疲労の色が隠しきれていない。



 さ、俺もそろそろ準備しないとな。




♢ ♢ ♢



─side Silvia─




「はあッ!」



 黒剣に魔力を込めた、今の私の全力の攻撃を、あのコボルドは槍のによって弾き返す。


 スキルが使えないのになんで、と思ったけど。どうやらあの斥力場は槍の能力らしいのよね。恐らく、エイムのラル=フェスカみたいに魔導具の一種何だと思うけど、エイムといい、このコボルドといい、どうして私が出会う魔導具は能力が規格外なのかしら?


 幸いなのは、向こうがあの斥力場を攻撃に転用してこないこと。あのコボルドはそれを考えないはずないでしょうから、能力に何らかの制限があるんでしょうね。



(でも、このままじゃジリ貧)



 霧の中での戦闘を開始してから約五分、消耗しているのはお互い様だと信じたいけど、調査開始から今まで油断できない状況が続いていた私達の方が、精神的な疲労は大きい。


 一つのミスが命取りになるこの状況だと、斥力場を展開できる向こうよりもこっちの方が不利でしょうね。実際、ほとんど互角に見えるこの戦闘も、今はジリジリと後退を余儀なくされている。



「だけど…」



 エイムの作戦を遂行するだけなら、このままバトンを渡しても良い。だけど、それはそれだけエイムに負担を増やすことになる。それだけは、絶対にしたくない。



 エイムと出会ってからしばらく経って、エイムにも、私にも、たくさんの人が集まった。新しい仲間も増えて、新しい剣も入手して…新しい気持ちもできた。


 あまり周囲に人を寄せたがらないエイムだけど、彼の周りには彼を思う人間がたくさんいる。なんやかんやでエイムも身内には甘いから、一度仲良くなるとその関係がずっと続くのよね。



 だけど、どれだけ彼の周りに人が増えても、エイムの相棒は私。これだけはリーゼにも、桜さんにも、譲るわけにはいかない。エイムの前を走るのは、私の役目。



「私だってねぇ…」



 コボルドは槍が思い切り突いてきたタイミングで、私は真後ろに跳んでそれを躱す。そして狙い通り、私だけが暗然の黒靄アストニッシュ・ヘイズの霧から逃れることが出来た。



「女として、プライドってものがあるのよ!!」



 残る全ての魔力を注ぎ込み、私は黒剣を構える。



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