199.黒色の猟犬 後編
シルヴィアは黒剣に周囲の風をかき集め、漆黒の剣閃をドーベルコボルドに叩きつける。
そんなシルヴィアに対しドーベルコボルドは、槍を掬い上げるような動きで対抗した。その速度はシルヴィアに到底対抗できるものでは無かったが…。
「ちょ、斥力場!?」
槍と黒剣との接触面に小さな斥力場を展開し、シルヴィアの強烈な一撃を弾き返した。展開された斥力場は掌程度のサイズで、そこまで広い範囲をカバーすることは出来ないみたいだが、それでも攻撃を完全に無力化する手段を持っているのは脅威でしかない。
「………!!」
攻撃を弾き返され、逆に隙を晒してしまうことになってしまったシルヴィアに対し、ドーベルコボルドは追撃の足蹴を繰り出す。
「『
そんなドーベルコボルドとシルヴィアとの間に、リーゼが壁を展開して攻撃を防いだ。ドーベルコボルドは
(…というかあの壁、確か周囲の壁と同じ材質だってリーゼは言ってたよな?)
それを蹴りだけで破壊とか、どんな脚力してるんだ。そりゃ俺の体を吹き飛ぶわけだな。アドレナリンが出ているせいか、そこまで痛みを感じてないのは不幸中の幸いかもしれない。
「エイム、無事?」
「ああ、問題ない」
俺達の戦法がバレていること、それと今の斥力場も厄介だが、そもそものアイツの身体能力が俺達を遥かに凌駕しているのが、戦いをより一層厳しいものにしている。
シルヴィアと同等の速度な時点でヤバイのに、ラルの一撃を喰らった状態でもパフォーマンスを落とさずに反撃を繰り出してくるのは頭がおかしい。コボルドを喰っただけで、こんなにも強くなれるものなのか?
「…幾千の死を乗り越えた先なら、あの強さにも納得できる」
「俺達が殺しすぎたのが悪いってか?」
こちらとしては襲い掛かって来たのを相手していただけなので、本当に勘弁してほしい所ではある。…死を乗り越えた先の強さ、か。
「きゃッ!」
「…シルヴィア!!」
そんなことを考えている間にも、ドーベルコボルドの猛攻は続く。シルヴィアが受けをしくじり、右肩を浅く切り裂かれた。俺はその様子を見て咄嗟にフェスカをホルスターから抜き、銃口を二人へと向ける。
そのまま引き金を引き、銃弾はシルヴィアの頭上を通り過ぎて、天井を軽く砕いた。ドーベルコボルドにとっては些細な攻撃だろうが、動きを阻害出来ればそれでいい。
「大丈夫か?」
「ええ、助かったわ」
シルヴィアには砕かれた瓦礫が当たらないように着弾位置を調整したので、シルヴィアは何の弊害もなくこちらまで撤退することができた。
対するドーベルコボルドはと言うと、少しおかしな動きをしている。
「…あいつ、何やってんだ?」
「…瓦礫を飛ばしてる?」
ドーベルコボルドはその手の槍を器用に使い、瓦礫を別の場所に飛ばしていた。確かに多少足場は悪くなったと思うが、転移が出来るアイツに大した影響はないはずなんだが…?
よく見ると、全ての瓦礫を飛ばしているわけでなく、特定の場所を選んでいるらしい。瓦礫をどけた場所には…。
「…コボルドの死体、かしら?」
「そうみたいだな」
そこには、瓦礫に潰されたコボルドの死体が転がっていた。とはいえ、既に
それにしても、先程からずっと無言で感情を表にしないドーベルコボルドだが、どうやらそんなあいつにも仲間意識はあるらしい。ある意味では自分自身を構成する一要素を担っているわけだし、そういう意味で死者への敬意みたいなものは存在しているわけか。
…あいつの隙、見つけたかもしれない。
「リーゼ、しばらくアイツの相手を頼んでも良いか?」
「…何か思いついた?」
「有効かどうかは微妙な所だけどな」
それでも、現状の俺達ではあの斥力場を突破できない以上、試す価値はあるはず。
「分かった、でもあんまり期待しないで」
「頼んだ」
「ん…『
リーゼは自らの周囲に土で出来た結晶体を展開し、ドーベルコボルドの元へと単身で飛び込んでいく。リーゼの近接戦闘は俺と大差ないレベルだが、流石にあいつの相手は荷が重い。向こうに勘づかれると転移もあるし、手早く済ませないとな。
「シルヴィア、ちょっと知恵と耳を貸してくれ──」
俺はシルヴィアに、俺のとあるスキルについての説明と、今思い付いた作戦を話していく。
「…確かに、それが刺さるならかなり有効なんでしょうけど…」
「何か問題がありそうか?」
「エイムの負担が大き過ぎるわ、下手をすれば…」
「スキルの仕様上、それは仕方ない。覚悟の上だよ」
俺の危険をなるべく下げるために、こうしてシルヴィアと作戦を共有しているわけだ。今回ばかりは、いつもの無言の連携に頼るのは少し怖かった。
「…分かったわ。やるだけやってみましょう」
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