198.黒色の猟犬 前編

 体の大きさは俺達と同じくらいで体毛は黒色、体格はコボルドと比べてかなりスラリとしており、引き締まった肉体をこれでもかと主張させている。その姿形は、犬の中でもドーベルマンを思い浮かぶ。ドーベルコボルドとでも呼ぶか。



「………」



 繭を破って現れたドーベルコボルドは、こちらを一瞥すると、ゆっくりとした動作で手に持った槍を構え、その場でピタリと静止した。



「──!?リーゼ、危ない!!」

「!?」



 次の瞬間の光景に俺は目を見開く。いつの間にか俺やシルヴィアを通り越し、リーゼの元まで接近していたドーベルコボルドは、その槍を喉元へと押し当てていた、リーゼは寸での所でナイフを使い、槍を逸らすことによって事なきを得る。



(速過ぎる…いや、転移か!?)



 風が当たったような感覚は無かったし、恐らくは転移系のスキルを所持しているんだと思う。もしかしたらあの静止は、スキル発動の予備動作かもしれない。そもそものアイツの動きも速いので、『危機察知』が反応してからだと回避が間に合わない可能性があるな。



「………」

「ちっ!」



 いきなり懐に潜り込まれ、陣形を崩された俺達。特に俺は誤射の危険性があるため、下手な行動が出来なくなってしまった。


 ドーベルコボルドはそんな事情を分かっているかのように、攻撃をいなされると追撃をすることなく標的を俺へと切り替え、死角を突くような動きで襲い掛かって来た。


 速度が凄まじい上、先程の巨大コボルドと比べるとかなり堅実な動きを繰り出してきているため、付け入る隙がない。菊川さんからナイフを回収していて良かった。もししてなかったら、今頃俺の体はボロボロになっていたに違いない。



「エイム!!変わって!!」



 そんな状態の俺を押しのけるような形で、シルヴィアがドーベルコボルドの相手を代わってくれた。剣と槍が霞んで見えるような速度で交錯し、俺達の目には激しい火花だけが鮮明に映る。



「………」

「ふっ!はっ!」



 速度は互角、腕力は若干シルヴィアに軍配が上がっているようだが、ドーベルコボルドは生まれたばかりと思えないほど槍の扱いに長けているらしい。着実にシルヴィアの動きを制限し、逃げ場を潰していっている。



「シルヴィ離れて!『偏狭囲壁パレート・ストレッタ』!」



 そんな状態を打破するため、リーゼがスキルを発動させる。四方に土壁が展開され、圧し潰そうとドーベルコボルドとの距離を縮める。



「………」



 ドーベルコボルドは槍を大きく振り回し、土壁を全て破壊することによって対処した。さっきから一度も言葉を話す場面を見ていない気がするが、声帯は作成されてないのか?



「…ねぇ、さっきから確実に私達の弱い所を突かれてる気がするんだけど」

「ああ、それは思った」



 最初は単に頭脳が発達しているだけだと思ったが、いくら何でも行う選択の全てが適格すぎる。菊川さんや桜先輩が狙われてないのが、逆に不思議なくらいだ。



「…私達との戦闘経験を、コボルド達から吸収した?」

「あり得るな、死体は吸収してないはずだが…」



 今更そんなことを言ってもどうにもならない、か。どちらにせよ、こちらの弱味を把握されているのならかなり痛い。どうにかこちらの戦法を押し付けられるような状況まで持ち込めると良いが…。



「………」

「…来るぞっ!」



 再びドーベルコボルドの動きが静止する。次の瞬間、ドーベルコボルドは俺の目の前に出現してきた、今度は転移直後の標的を俺にしてきたか。


 だが、そんなに近くに来てくれるのならこちらにもやりようはある。俺は突き出された槍を体を捻って回避し、ドーベルコボルドとの距離を詰める。槍はこうしてこちらから近づいてしまうのが一番簡単な対処法だ。


 これだけ距離を詰めてしまえば誤射の心配もない。俺はドーベルコボルドの筋肉質な身体に銃口を押し当て、そのまま引き金を…。



「…かはっ」

「「エイム!!」」



 引く前に、体が宙を舞う。どうやら懐に潜り込んだ俺の体を、ドーベルコボルドが蹴り上げたらしい。『危機察知』は反応していたが、俺の体が反応出来なかった。やはり速すぎてスキルに頼った回避行動が取れない。かといってあれだけ接近してしまうと、目視での回避も難しい。



「はああああ!!」

「………」



 宙を舞った俺へと追撃を加えようとしたドーベルコボルドだが、それはシルヴィアが遮ってくれた。…待てよ、今この状況下なら。



「シルヴィア!!」

「!!」



 俺の声にシルヴィアは無言で反応し、強引な動きで槍を大きく弾いた。懐ががら空きになってしまったドーベルコボルドは接近を警戒し、流れに逆らわずに後退しようとする。



「させねえよ!!」

「……GU」



 しかしドーベルコボルドは後退できず、代わりに小さく呻き声をあげた。俺が後退先を予測し、その地点に置くような形で射撃したのだ。


 味方が戦っている状況だと中々射撃タイミングがないが、吹き飛ばされ宙にいる状態なら、全体の動きを把握しながら射撃することが出来る。攻撃にラグがない銃だからこそ取れる戦法だな。



「はあッ!」



 ラルの強烈な一撃を喰らい、体をぐらつかせるドーベルコボルドに対し、シルヴィアの追撃の刃が襲う。

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