197.覚悟のその先で 後編

 地面から生えるような形で現れたのは、黒い体毛を持った三匹のコボルド。生まれたその瞬間から武器を持っているらしく、それぞれがその手に剣を握っている。マジでどういう仕組みだそれ。



 その若干気色の悪い光景に辟易としつつも、俺はコボルド達が俺を認識する前にその一生を終わらせる。そんなに分かりやすく地面を膨らませて出て来るなら、当てるのは簡単だ。



「生まれた時から剣を握ってるとか、将来有望だなおい」



 まぁ、今その将来も無くなってしまったわけだけど。地面が隆起したということは、地下に武器が置いてあったわけでもないだろうし、一体どういう仕組みでコボルドを生み出しているのか滅茶苦茶気になる。後でリーゼに資料を翻訳してもらおう。



「リーゼ!!斥力場の無効化方法とか知らないか?」

「…分かんない。でも……危ない!!」



 リーゼの言葉とほぼ同時に、前方から『危機察知』に激しい反応があった。若干左側に反応があったので、右に跳んでそれを回避する。



「WAOONN!!」

「うお!?こっちもか!!」



 跳躍して地面に着地した瞬間、またもや『危機察知』に反応がある。今度は背後…いや、下だ。


 そう気付いた時には、足元の地面が大きく隆起していた。着地で硬直している体を無理やりに動かし、すぐさまその場から退避する。



「…流石に、同時に相手取るのは骨が折れるな」

「WAONN!!」

「「WAOOOOONN!!」」



 地面を押し上げて現れたのは、一匹の巨大コボルド。最初に俺を襲ってきた個体に加え、更にもう一匹、合計三匹の巨大コボルドが、まるでコルネラの繭を守るかのように立ち塞がっている。


 いくら【死の狂乱デス・マッドネス】を発動させた俺でも、コイツらを三匹同時に対処するのはかなり難しい。だが、こいつらの相手するためにリーゼやシルヴィアの力を借りようとすれば、今度は桜先輩と菊川さんが危うくなる。



(俺一人で、やるしかないわけか…)



 そう覚悟を決めた、その時。



「WAONN!?」

「WA、WAUWAU!!」

「WAOU、WANN!?」

「あ…?」



 突如として、巨大コボルドの体が歪んでいく。突然の事態に俺は反射的に身構えるが、その現象は巨大コボルド達にとっても想定外らしく、互いに顔を見合わせながら困惑の声をあげている。


 俺の体には特に変化はないが…



「WANN!?」

「WAOUNN!?」

「な、なに…?」



 どうやら後ろにいるコボルド達も同じような現象に遭っているらしい。コボルドだけが歪んでいるようだが…ほんとに一体なんなんだ?



「リーゼ、心当たりは?」

「…分かんない」



 コボルド達が消えてくれること自体はありがたいことだが、確実に今から何かが起こる予兆だろう。俺はその事態に備え、一度シルヴィア達の元まで戻ることにした。



 どんどん歪みが激しくなり、その原型を失っていくコボルド達。よく見ると少しずつ、本当に少しずつではあるが、繭のある方向へと引き寄せられているようにも見える。



「…英夢君」

「大丈夫です、何とかします」



 桜先輩は若干声を震わせながら、この現象を不安そうに見つめている。何とかするとは言ったものの、この先に待ち受けるものの正体が分からない以上、俺達では対処できない可能性もある。



「コルネラの繭…繭…ねぇ、もしかしてだけど」

「なんだ?」

「これって、進化の予兆なんじゃない?」



 進化?どういうことだ?



「だってあれ、繭なんでしょ?ってことは、あの中に別の魔獣が眠っていて、さなぎの状態から成体に進化したっておかしくはないでしょ?」

「…確かに」



 言われてみれば、確かにコボルドを生み出すだけの装置に、『繭』という名称が付けられるのは少し違和感がある。だがもし、シルヴィアの言う通りだとすれば…あの繭から姿を現す成体は、巨大コボルド以上の怪物である可能性が高い。



「だとすれば…【死の狂乱デス・マッドネス】!!」



 俺は再び【死の狂乱デス・マッドネス】を発動させ、周囲の死体からエネルギーを吸収していく。どうやら体を歪ませているコボルド達はまだあの状態になっても生きているらしく、吸収することは出来なかった。


 明らかにコボルド達を集めているようだったし、【死の狂乱デス・マッドネス】でエネルギーを吸収すれば妨害になるかと思ったが、そこまで簡単にはいかないようだ。



 だが、そうでなくても先程から死体は増える一方だったため、俺に流れ込んで来るエネルギーの量は膨大。これで次の戦闘も、全力で臨むことが出来る。



「お邪魔虫は根こそぎ消えていったし、今度は私達も行くわよ」

「ん」

「ああ、助かる」

「わ、私も…」

「いや、先輩が参加すると、菊川さんを守る人間が居なくなります」



 これだけ事態が急転を繰り返しているが、菊川さんが意識を取り戻す様子はない。早く先輩を安心させて欲しいところではあるんだが、今の俺を見るとどんな反応をするか分からないので、戦いが終わるまでは眠っていて欲しいところでもある。


 折角コボルド側が数を減らしたことだし、今のうちに逃げ出すのも一つの方法だろう。だが、そうなると菊川さんを置いていくことになる。つまりそれは最終手段だ。



「ここは俺達を任せてください。俺達は神と戦ったことだってあるんです、例えどんな怪物が現れても、ねじ伏せてみせます」

「ん、信じて」

「必ず勝ちますから」

「……分かったわ、菊川さんは私に任せて。絶対に、皆で帰りましょう」

「はい」



 俺達がそんな会話を交わしている間に、繭は光を放ち始め、その光をどんどん強くしていっている。戦いの火蓋が切られるその瞬間は、もうすぐそこまでやって来ているようだ。



(さて…一体何が来るのやら)

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