192.人工魔獣

「コボルドを…人工的に?」



 桜先輩の小さな驚愕の声が、やけに鮮明に鳴り響く。



「で、でもそれだとカツロ山の異常増殖は?山に出るコボルドには、普通に魔石があったわよ?」

「ここの人達、相当優秀だったんだろうね。生殖機能まで再現するなんて」

「つまり、普通のコボルドとの生殖行動を行った結果、ってことか?」

「多分」

「…マジかよ」



 生殖機能まで再現するって、普通に日本、いや地球の科学技術を軽く凌駕しているんじゃないか?



「じゃあ、あの壁の周囲に突如として出現するコボルドは?」

「…あれだけ精巧なクローンを作り出す技術を持った人達です。転移盤を作成する技術があっても、なにもおかしくありません」

「出現時間が一定の理由は謎のままだけど…転移盤の連続使用が不可能なのかしらね?」

「それはありそうだな。周囲にコボルドを設置して、見張りに使っていたのかもしれない」



 元々この施設がこの山に存在してのか、それとも『混沌の一日』で混じってしまったのか…異常増殖が最近になって起こったことを考えると、後者の線が有力だな。



「でも、出現するコボルドは魔石があったじゃない」

「…確かに?」

「おい、そこ納得しちゃだめだろ…俺達が出会っていないだけで、この施設には普通のコボルドがいるのかもしれませんね」



 俺達も全てのコボルドを解体したわけじゃないし、コボルドの魔石には元々そこまで価値があるわけでもないため、解体せずに討伐証明部位だけ切り取って後は放置してしまう軍人も珍しくない。


 もしかしたら、魔石が無くてもそこまで疑問を抱かれることなく、報告もされずに流されてしまっていたのかもしれないな。



「コボルドの作成方法については書かれてるの?」

「ん。でも、途中によく分からない単語がいくつもある。すぐに模倣するのは無理」



 考えられるのは、今は存在していない道具や素材辺りか。もしコボルドを無尽蔵に生み出すことが出来るのであれば、相当な戦力に…いや、生まれたコボルドがこちらの味方になるとは限らないのか。



「…待て、まだ分からないことがあった。あの黒いコボルドはなんだ?魔石の有無は確認してないが、あいつらも人工的に生み出されたコボルドなのか?」

「資料には、実験の過程で生まれた強化個体って書かれてるよ…でも、黒くなったのは偶然みたい」

「黒の魔獣を生み出そうとしたわけじゃなくて、強いコボルドを生み出そうとしたら偶々黒くなったってこと?」

「ん。やり方はグリゴールの残した資料と共通点が多いから、もしこの文明が滅んでなかったら、黒まで辿り着いてたかも」



 それは滅んだことを喜ぶべきなのか、それとも惜しむべきなのか…判断に迷う微妙なところだ。



「世紀の大発見だろ、これ」

「ここに逃げ込んだ価値はあった」

「それもこれも、ここから出て初めて価値が生まれるものなのだけどね」



 シルヴィアの言う通り、この情報を手に入れても、俺達が無事にここを出て、情報を持ち帰らなければ意味が無い。



「出口についての情報は?」

「見当たらない」

「…そうか。まぁ、実験資料に避難経路が書かれてるわけもないか」

「でも、どこかに別の出入口はあるはず。毎回コボルドの生息地を通ってここを出るわけにはいかない」



 研究や実験を行っていた部屋がここだけとは限らないが、少なくともこの部屋だけだとおおよそ人が生活できるような設備は揃ってない。まだコボルドの生息地の方が生活感に溢れている。


 だとすると、どこかにここから脱出するための出入口はあると考えるのが自然か。流石にコボルドと共同生活を営んでたとは思えないし。だがこの部屋を見る限り、俺達が入って来た場所以外の出入口は見当たらない。



「じゃあそうだな…俺とシルヴィアで辺りを捜索してみよう。どこかに隠し扉があるかもしれない」

「そうしましょうか」

「リーゼは出入口の警戒と…その資料、まだ解読は完了してない感じか?」

「ん」

「なら、警戒と並行して読み進めてくれ。流石にここの資料全部は持ち帰れないしな」

「分かった」



 本来は全て持ち帰るのが理想なんだろうが、俺達五人で協力しても全て持ち帰るのは不可能だ。そもそも脱出できるか分からないような状況だし、余計なものを抱える余裕はない。



「先輩と菊川さんの二人も、回復したらこっちを手伝いに来てください」

「分かったわ」

「了解しました」



 二人もそろそろ動けそうに見えるが、脱出時のことを考えると万全の状態に回復しておいてもらいたい。部屋も滅茶苦茶広いわけじゃないし、俺達二人でも十分捜索は可能だと思う。



「おし。じゃ、行動開始だ」

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