191.暗がりの中の調査
「周りの壁と同じ材質だから、相当硬いはず」
「…なら、まず突破されることはないだろうな」
「黒の個体だと、分からないけど」
「それは言ってもしょうがないって奴だ」
壁に耳を当てると、向こうでドンドンと何かを叩いている音が聞こえてくるため、まだ諦めた様子はなさそうだが、壁と同じ材質なら、しばらくこの塊が破壊されることはないだろう。
「え、英夢君。そろそろ…」
「ああ、すみません。大丈夫でした?」
「ええ…その、ありがとね」
「どういたしまして」
だから、僅かに赤く染めた先輩の顔は、俺以外には見えていない…と思うが、菊川さんのハイスペックっぷりなら見えていても全然おかしくないな。まぁ、状況が状況だったし、怒られることは無いと思う。
「とりあえず、時間の許す限り体力を回復させよう。俺は辺りを探って来る」
一旦逃げ込んだこの場所だが、その出入口は今塞いでしまった。向こう側はコボルドで埋め尽くされているため、別の扉が無いか調べる必要がある。
この暗がりじゃ他の皆に調査を任せるのは難しいだろうし、ここは俺が出るしかない。体力的に考えても、比較的余裕のある方だしな。
床や壁の材質はこれまでと変わりないが、これまでのような日常的な道具は見つからず、代わりに大量の文献、刃物、それに何か実験で使いそうな器具が並べられている。
「リーゼ、これが何か分かるか?」
「んー…これは」
文献のうち一枚を手に取って目を通してみたが、当然俺には読むことが出来なかったので、リーゼに渡してみた。
暗闇のせいで文字を読むのに苦労していたが、次第に目が慣れて文献を読み始めると、みるみるとその顔を驚愕の表情に染めていき…。
「エイム、これどこにあった?」
「そこ」
「ちょっと手貸して」
「…立たせればいいのか?」
「ん」
どうやら表情よりも体の方は限界らしく、自分一人で立つのも難しいらしい。言われた通り、手を貸して体を立ち上がらせる。
「どこ?」
「あそこだ…肩貸すから、ちょっと待てって」
こんな暗闇の中でふらふら歩かれるとこっちが不安になる。慌てて肩を貸し、文献のあった場所まで連れていく。
リーゼがここまで積極的に動こうとするのも珍しい。疲労困憊のリーゼを突き動かすだけの重要な情報が、この文献には書かれてるってことか?
「何が書いてあるんだ?」
「待って…まだ確証がない」
「どうしたの?」
「…さぁ?」
いつもの物静かな様子からは考えられないリーゼの姿を見て、シルヴィアも興味深そうに近付いてきた。俺やシルヴィアにはこの文献を読むことが出来ないし、とりあえずリーゼが落ち着くのを待つしかないか。
「…森から連れ出して正解だったかもね」
「連れ出したって言うか、向こうから付いて来たんだけどな」
だが確かにシルヴィアの言う通り、リーゼがここまで来ていてくれなければ、この文献の内容を知る事は出来なかっただろう。この場所に逃げ込むことが出来たのも、リーゼの精霊魔術のお陰だ。
そう考えると、リーゼとは一緒に行動するようになってからそこまで長い時間を過ごしているわけでもないのに、その割にかなり助けられた場面が多い気がする。
「…お互い様」
「まぁ、それはそうかもだけど」
そもそも一緒に行動するようになったきっかけが、リーゼからの救援要請だったわけだし。
「何か分かったのか?」
「ん…ここの人達相当狂ってるよ、いろんな意味で」
「ここの人達って言うと…以前、ここで暮らしていた人達のこと?」
「…ちょっと違う、ここでは人は暮らしてない」
…どういうことだ?ここはともかく、外の空間は明らかに人の居住の痕跡があったと思うんだが、もしかしてその当時とは別の人達のことを指しているのか?
「あそこは元々、コボルドが居住するために作られた場所。まぁ、あまりうまくいかなかったみたいだけど」
「…話が見えないな。結局、そこには何が書かれてたんだ?」
「…あのコボルド達、魔石が無かったよね。なんでだと思う?」
疑問に疑問で返されてしまった。魔石がない理由…そもそも魔石というものに関してほとんど知らない以上、無い理由を問われても答えようがない。
「だよね。きっとここの人達も、魔石に関しては分かっていなかった。だから、再現が出来なかった」
「再現?…まさか」
その言葉を聞いた俺に、一つの答えが思い浮かぶ。魔石の無いコボルド、そしてコボルドのために作られた居住地。それが意味すること、つまりあいつらは…。
「分かった?」
「ああ、多分」
「じゃ、答え合わせを」
「なんで勿体ぶるんだよ…まぁ、良いけど。つまり、こういうことだろ?」
「あのコボルド達は、正確にはコボルドじゃない。コボルドを模して造られた、人工生物だ」
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