190.逃走劇の終幕

♢ ♢ ♢



「エイム、行き止まりよ!」

「………」



 あれから俺達は途中で何度か挟み込もうとしてきたコボルド達を蹴散らし、休むことなく走り続けてきた。だが、確かにシルヴィアの言葉通り、今まで走り続けていた通路の三方が壁に囲まれてしまっている。


 引き返そうにも、後ろのコボルド達が押し寄せてきているため不可能。俺達に疲労が溜まり始めたのか、それとも向こうの速度が上がったのか。初めは離し続けていたコボルド達との距離が、いつしか離れなくなり、今は徐々に近付いて来てすらいる。



(壁をぶち抜くか…?)



 だが、壁の向こう側に空間が広がっている保証はない。空間がないなら、壁を壊しても結局逃げることは出来ない。


 菊川さんはもう大剣をどこかに捨てて来てしまっており、桜先輩やリーゼもそろそろ限界が近い。かく言う俺も、息が上がってきているのを自覚し始めている。つまりまだ余裕がありそうなのはシルヴィアだけということになるが、シルヴィアも無限の体力があるわけじゃない、いつか限界は訪れる。


 何かアクションを起こすなら、このタイミングが最後のチャンスかもしれない。



「シルヴィア、先行して、あの行き止まりに何かないか調べて来てくれ」

「分かったわ!」

「リーゼ」

「……何?」



 走るのがやっとで会話することすら辛そうなリーゼだが、こればかりは俺には出来ないことなので聞いておかなければいけない。



「土木系の魔術は使えるか?」

「…多分、ここなら使える」

「そうか、なら何とかなるかもしれないな…」



 まず一番最初の関門はクリアした、あとはシルヴィアが戻ってくるのを待つだけ…望み薄でしかないが、一応希望はある。



「英夢君…!」

「大丈夫です、まだ手はあります」



 桜先輩が不安そうな眼差しでこちらを見つめて来る。


 …正直、こっちの手は使いたくない。シルヴィアが何か見つけて来てくれれば、それが一番だ。



「エイム、扉があった!」

「よし!」

「だけど、どうやっても開きそうにないの!周りにスイッチも見当たらない!」



 超高速で戻って来たシルヴィアは、俺の望んでいるものを見つけて来てくれた。ちょっとおかしいと思ったんだよな。こんな場所に、まるで狙ったように袋小路の場所があるなんて。


 俺達は周囲を見渡せるよう、なるべく広い道を選択して走って来た。道が広いと一斉に襲われる危険があるが、それよりも建物からの奇襲の方が脅威だと判断したからだ。


 それなのに突然、そんな広い通路が行き止まりになるとは考えにくかった。という根拠はあったものの、ここを作った奴の気持ちなんて分かりようがなかったし、かなりの博打であったのも事実だ。だが、懸けには勝った。



「律儀に開ける必要なんてないさ…ぶっ壊す!!」



 扉があるということは、その先には大なり小なり空間が存在しているということ。その先にはまた新たな危険が潜んでいる可能性もあるが、今はそんなことを気にしてられる状況じゃない。


 まずはフェスカに魔力を送り込み、過剰充填状態にする。どれだけ硬質な扉かを判断している余裕はないから、全力で行くしかない。失敗は許されないからな。


 扉との距離が縮まり、俺にも扉の所在が判断できるようになったタイミングで、俺はフェスカから魔力の銃弾を解き放つ。



「開いた!」

「うし、あそこに逃げ込むぞ!」



 フェスカの一撃をもろに喰らった扉は瓦解し、その姿を消失させた。俺達は扉の先を目指し、飛び込むように走り出していく。



「あ!?…」

「お嬢様!!」



 途中で体力の限界を迎えた先輩が、足を絡ませて倒れ込んでしまった。それを見た菊川さんが、慌てて先輩を助けようとする。



「走って!!」



 だが、菊川さんだってもう限界が近い。今先輩を助けようとすれば、二人ともコボルドの波に呑まれるだけだ。



「先輩、手を!!」

「英夢君…!」



 俺は先輩の手を掴み、そのまま強引に抱き上げて走る。いつの間にかコボルドはすぐそこまでやってきていて、まだ戦闘になるほどじゃないが、武器を投擲されたりするとヤバイ。



(間に合えッ…!)



 俺は全力を振り絞り、扉の先へと向かっていく。既に他の三人はそこまで辿り着いていて、俺達の到着を待っているような状態だ。


 流石に人ひとり抱えた状態だと、コボルド達の方が圧倒的に早い。コボルドとの距離が、みるみると縮んでいく。



「英夢君、私は良いから!」

「……!」



 先輩がそう訴えかけてくるが、俺はそれには答えない。答える余裕がない。地面を抉るような勢いで踏み込み、俺は一心不乱に走る。



「飛び込んで!!」



 シルヴィアの叫びに体を反応させ、俺は体を宙に浮かせて扉への先へと飛び込んだ。途中で体を回転させ、俺が下になるようにして先輩を護る。


 地面と背中が擦り合わさり、何とも言い難い痛みと熱さが背中に襲い掛かるが、まだこれで終わりじゃない。



「リーゼ!!」

地維壁グランムーロ!!」



 リーゼは俺に問いかけの意図を正しく理解し、壊れた扉を埋めるように巨大な土の塊を生み出した。



「これで一旦は安心、か…?」

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