189.逃走、そして逃走 後編

 俺とリーゼは三人の後を追うような形で、コボルドの軍勢から距離を取るために走り始める。基本的には後衛として働くことの多いリーゼだが、決して運動神経に問題があるわけではなく、むしろ一般的な水準を超えていると言って良い。



「英夢君、今のは!?」

「…話は後で。まずは奴らから逃げることだけを考えましょう」



 そういえば、桜先輩にはラル=フェスカについてはあまり詳しく教えてなかったな。ただの拳銃でないとは思っていたとしても、流石にあんな威力の攻撃が出来るとは予想できないか。


 だが、今はそれを説明している暇はない。下手に喋りながら走ると舌を噛みそうだし、この逃走劇がいつまで続くか分からない以上、余計な会話をして体力を消耗は避けるべきだと思う。



「…分かったわ、後でちゃんと説明してよね」

「はい」

「エイム!どこか目的地は?」

「あるわけないだろ!今はとにかく進むしかない!」



 前方でペースを抑えながら走るシルヴィアの問いかけに叫ぶように答えた俺は、速度を維持したまま後ろを振り返る。



(まずいな。どこかでまた距離を稼がないと、そのうち追いつかれる)



 今はコボルドとの距離を離し続けている状況であり、このままいけば逃げ切れそうな雰囲気ではある。だが、俺達の体力は無限じゃない。


それは向こうも同じだが、魔獣と人族を比べた時、持久力は基本的に向こうに軍配が上がる。向こうは多少脱落してもすぐに補充が来てしまうことだろうし、先に音を上げるのはこちらだろう。



(それに、あいつらは妙に頭が回る。となると…)

「エイム!挟まれた!」

「くそ、やっぱりか!」



 当然、そういう作戦も実行してくるよな。勘弁してくれと嘆きたい気分だが、生憎そんな時間すら存在しない。



「前の方が数は少ないはずだ!突っ切るぞ!」

「了解!」



 俺は速度を上げてシルヴィアの元まで追いつき、二人で呼吸を合わせる。



「数は五匹、黒はいない。右二匹を頼む」

「分かったわ」



 目の前にいるのは、通路をせき止めるような形で立ち塞がる五匹のコボルド。まずは脅しも兼ね、ラルの一撃を中央のリーダーっぽい個体にお見舞いする。



「WAUNN!?」

「WA!WOUWA!」

「WAOUAOU!」



 『危機察知』を発動させていたのか、一瞬避けるような動きを見せたコボルドだが、銃弾を回避できるだけの運動神経はコボルドには備わっていない。黒だとちょっと怪しいけどな。ラルの銃弾は狙い違わず命中し、頭を粉々に消し飛ばす。



「行くぞ!」

「ええ!」



 一瞬で頭を失った仲間を見て、浮き足だっている今この瞬間を狙い、俺とシルヴィアはコボルドへと襲い掛かる。



「せあッッ!」



 シルヴィアは走り抜けながら剣を鞘から引き抜き、速度を落とさずにコボルド達の間を走り抜けた。当然コボルドは行かせまいと後ろを振り返って走り出そうとするわけだが…そう行動しようとしたのは。下半身が付いて行かなかった結果として、上半身がボトリと落ち、切断面から血の海が広がっていく。



「仲間より自分の心配するんだな!」



 対して俺はラルをホルスターに仕舞いこみ、フェスカとナイフをそれぞれの手に握りしめる。


 まずは側面の建物にフェスカの銃弾をぶち込み、コボルド達の関心をそちらへと向けさせる。建物の破片が自らに襲い掛かってくるため、ブラフだと分かっていても無視することは出来ない。まぁ、向こうにそれが分かるかどうかは微妙な所だがな。



「WAOU!」

「WA!?」



 一匹が俺の接近に気付き、それを慌てたようにもう片方の仲間へと伝えるが…残念、遅い。



「しッッ!」

「WAUNN!?」



 俺は既にナイフが届く距離まで接近していた。そのまま勢いを殺さずに、首元を切り裂く。接近にいち早く気付いたコボルドにも蹴りを放ってみたが、流石に躱されてしまった。コボルドは大きく後ろに跳躍し、俺から距離を取ろうと試みる。



「…だが、そっちに避けるのは悪手だ」



 俺はフェスカの銃弾をコボルドの後ろ…先程撃った建物に目掛けもう一度発砲する。先の一発で建物は半壊状態になっており、そんな状態でもう一度フェスカの銃弾が襲い掛かることになれば…。



「悪いな、今は中を調査しようなんて余裕はないんだよ」



 建物は崩壊し、コボルドは声も上げられぬまま瓦礫の下敷きとなった。もしかしたら運良く瓦礫の中で生き延びているかもしれないが、俺達の後を追うことは出来ないだろう。どのみち殺しても体に魔石はないだろうし、そもそも解体して回収している暇もない。



「なるべく前方のコボルドは俺達で処理するぞ」

「ええ、そうしましょう」



 桜先輩や菊川さんに討伐させるのは体力的な面で負担が大きいだろうし、リーゼも魔術の発動には若干の時間が必要になってしまう。



「くっ…!」

「…菊川さん!いざとなればそれは捨ててください!」

「…了解、です!」



 一番最初に息が上がり始めたのは、意外なことに菊川さんだ。俺はてっきり桜先輩が一番体力が無いものだとばかり思っていたが、考えてみれば菊川さんは背中に巨大な鉄剣を背負っている。その状態でこの速度に付いて来ているわけだから、俺達の数倍体力を消耗するはずだ。



(何か手を打たないと…ここも無限に続くわけじゃない)



 このまま走っているだけでは、どこかで壁に突き当たり、後ろの軍勢と戦うことになってしまう。頭をフル回転させながら、尚も俺達は走り続ける。







 

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