188.逃走、そして逃走 前編

「WAUNN!!」



 残りの一匹となったコボルドだが、リーゼの浸牢吸華イロード・ドレワーによって魔力と生命力を奪われ、もうふらふらの状態なっている。


 だが、俺はラル=フェスカの銃口をその一匹から外すことはない。『死圧』を使っているにもかかわらず、まだあいつの目は死んでない。これは、向こうにまだ戦闘の意思が残っている何よりの証拠だ。



(手負いの魔獣が一番怖いって言うからな)



 正確には獣だけど。



 コボルドは最後の力を振り絞るかのように、ギラギラとした表情でこちらへ向けて突進を繰り出して来た。短剣を投げ捨て、単純な速度のみで勝負をしかけてくる。



(撃てばそれで終わりそうだが…)



 念のため、回避を選択。さっきのように空中を狙われないようにするため、今度は右に跳躍する。もし方向転換をしてきたときは、二人の力を頼る算段だ。


 そう脳内で戦術を立て、行動をしたわけだが…。



「…あ?」

「ちょ!?」



 コボルドは俺が攻撃を躱した後も直進を続け、そのまま走り去ってしまった。



「逃げた?」

「みたいだな」



 驚いた、まさかあれほどの闘争心を瞳に蓄えておきながら、撤退を選択するなんてな…待てよ?



「今すぐここを離れるぞ!多分、援軍を呼ぶつもりだ!」

「あ!?」

「…まずいね」



 戦う意思は残っているのに、撤退を選んだ。これは戦う準備をしに行ったってことに違いない。


 今の数くらいなら、俺達だけでも十分処理できる。だが、もし今の三匹が偵察だったとしたら、本部隊は…。



「先輩!休憩は終了、すぐに移動します!」

「分かったわ、どっちに行く?」



 俺の緊迫した声色で何かを察したのか、それとも窓から覗いていたのか。桜先輩は突然の予定変更に、疑問を呈することなく頷いてくれた。



「出口…だと、アイツらとかち合う可能性があるのか」

「ん」

「最悪の場合、来た道を引き返すことになるかもしれないわね」



 あのコボルドが走り去って行った方向は、出入口の門の方向と同じ。向こうの準備が終わる前に、門まで辿り着ければ良いが…。



「…一度、奥へと進みましょう」



 判断に迷っていた俺を見て、桜先輩が口を開く。



「よく分からないけど、今から襲ってくる相手は強力な魔獣なんでしょ?」

「はい、そうです。しかもそれが大量に襲ってくるかもしれません」

「なら、そんな奴らを引き連れてカツロ山の坑道を進むわけにはいかない。まだ中に人が残っているかもしれない以上、私達だけ逃げて扉を閉めるわけにもいかないし」



 そう言えば、俺達の他にもこの中には人がいるんだっけか。こうなるとそいつらもある意味厄介だな。速やかに撤退を選択してくれていれば良いが…俺達はこの場所に調査を行うためにやってきているわけだし、まだ通常のコボルドとしか遭遇していなければ、続行している可能性は十二分にある。



──ズンッ。


 そんなことを考えていると、突如として、地面が小さく揺れる。



「…どうやら、選択する暇なんて与えてはくれないらしい」

「噓でしょ、いなら何でも早すぎるわ!」

「大方、アイツらが来た時から準備してたんだろうよ!」



 出口の方向を眺めると、土煙が待っているのが見える。その煙が大きくなるにつれ、揺れもどんどん大きくなっていく。



「シルヴィア!先頭で前方の安全確保を!」

「分かったわ!」

「リーゼ、俺が合図するから、浸牢吸華イロード・ドレワーを頼む!」

「ん!」

「二人はシルヴィアに付いて行ってください!」

「ええ!」「分かりました!」



 俺は矢継ぎ早に指示を出し、フェスカを迫りくる軍勢の方へと構える。本来こういう指示は桜先輩が出すべきなんだろうが、俺達と桜先輩は各々のスキルの情報を共有していない。今は緊急時だし、俺の方が確実だ。



「ふぅ…」



 シルヴィア、先輩、菊川さんが先に走り出したのを確認した俺は、目を瞑り、体中の魔力を集約させ、フェスカへと集める。



「数を集めりゃ、良いってもんじゃねぇんだよ!!」



 フェスカから放たれた金色の極光は、轟音をあげながら地面を抉り、目視できる距離まで近づいて来ていたコボルド達の全身を、跡形もなく消し飛ばしていく。その中には黒いコボルドもいたようだが、流石にこの威力には耐えられなかったようだ。



「リーゼ!!」

浸牢吸華イロード・ドレワー!!」



 魔力を急速に消費したため、若干体がだるいが、まだ休むべき時じゃない。俺はリーゼに指示を出し、浸牢吸華イロード・ドレワーを発動してもらう。



 浸牢吸華イロード・ドレワーはその拘束力も去ることながら、こういった対多数戦闘において、無類の強さを発揮する。まず最初の標的に目を付けた紅の華は、その獲物に棘を突き刺し、獲物を体の内部から吸い尽くす。


 そしてその養分を糧に、華は次の獲物を求め手を伸ばす。こうして伸びた枝が天然の防波堤となり、コボルド達の行く手を阻んでくれるはず。



「でも、黒い奴には躱されてる。多分、察知スキル」

「雑魚が消えるだけでも十分だ」



 今の俺達にとって、一番の脅威は圧倒的な数の暴力で押しつぶされること。その危険性が緩和されただけでも、俺達が食い止めた価値はある。



「俺達も逃げるぞ、一度波に呑まれたら終わりだ」

「ん」







 

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