185.魔石のない魔獣
「…ああ、なんとなくそれは思った」
先程のコボルドには違和感がいくつもあったが、ひとまずその疑問を確かめるためにも一度建物中へと足を踏み入れる。
「やっぱり、短剣が綺麗すぎる」
コボルドが所持していた短剣を拾って確認してみたが、ナイフは錆が一つも見えておらず、手首を切り落とされたときに付着した血のりも軽く左右に振るだけで落とせるような代物だ。今日どこかで入手したと言われても信じる自信がある。
だが、ここは推定で数千年も前から存在している古代の遺跡。コボルド達にこんな短剣の入手機会があったとは思えない。この施設内に元からあったものだとすれば、それはもう一種の魔導具だろう。だが俺の見る限りだと、そこまで上等な品ってわけじゃない、恐らくは本当にただの短刀だ。
「…それに、コボルドにしては随分賢かった」
「ええ、そうね」
「多少頭の働くコボルドなら、待ち伏せくらいはするんじゃない?」
「それはそうかもしれませんけど…シルヴィアの索敵よりも早くこちらに気付いて、待ち伏せの用意をする。これは普通のコボルドじゃ難しいと思います」
俺達の通って来た道は開けていたから、目視で確認したのかもしれない。だがもし窓なんかから顔を覗かせて、こちらのことを確認していたとすれば、俺も同様に気が付くと思うんだよな。流石にこの状況で見逃したとは思いたくない。
そうでないとすれば、あのコボルド達のどちらかがシルヴィアを凌駕する察知系のスキルか、遠視のスキルを持っていたということになる。そこまでとなると、あのコボルド達は上位個体ということになるが…何となく、普通の上位個体とは違う気がするんだよな。
「それに、コイツらは扉や建物の机を破壊してません。明らかにこれは異常ですよ」
扉は割れてしまっているが、これをやったのはコボルドじゃなくて菊川さんだ。つまりこのコボルド達は、扉を開けてこの場所に入ったということになる。
「…ここを住処にしてたのかな?」
「コボルドがか?」
疑問は他にもある、それはこの家があまりにも綺麗過ぎること。コボルドがここを住処としていたらなら、もっとここは荒らされているはずだ。そうでなくても長年放置されていたのだから、ホコリだらけでもおかしくないというか、それが当然だと思う。
だが軽く指で机の上をなぞってみても、指先は黒くなったりはしない。どう考えても何者かの手入れが施されているとしか思えない。
「コボルドが掃除してた…なんてのはちょっと飛躍しすぎ?」
「いつもなら一蹴するところだが…そうすると全部の辻褄が合うのも事実なんだよな」
反論材料を挙げるなら、この場所には食料となりそうなものが見当たらないことくらいだ。だがコボルドはいざとなれば土でも食べる魔獣だし、反論としては弱い。
「…皆さん、やはりこのコボルド、何か変です」
いくつも付随している違和感について思案していると、一人黙々とコボルドの死体を処理していた菊川さんが、何かに気付いて、俺達を呼び寄せた。
「このコボルド、魔石がどこにも見つかりませんでした」
「…何ですって?」
魔石は全ての魔獣に存在しているもの。それがないということは、このコボルドは魔獣ではないということになる…魔獣じゃないなら、コイツらは一体何なんだ?
「それと、我々との戦闘以外での傷が見当たりません。もしあの個体が上位個体だったとして、今まで傷も負わずに生き延びてきたというのは違和感があります」
ああ、さっき上位個体らしくないとおもった理由はそれか。通常の上位個体というのは、上位個体の親から誕生しない限り、生き延びて戦っていく中でスキルに目覚めたり、その種族として枠組みから外れたりすることで誕生する。古傷が無いというのはほぼないと言って良い。
勿論、こいつらの親がこの施設のどこかにいる可能性も無くはないが…。
「分からないことだらけだけど、ひとまず収穫があったことを喜ぶべきなのかしら?」
「いやぁ…軍にとっては不安材料が増えただけでは?」
「確かに」
葛城総司令、そろそろ禿げるんじゃないかな。
「…とりあえず、調査を再開しましょう。今のコボルドが偶々遭遇した異常個体なのかどうか、確かめる必要がある」
「分かりました。この家の捜索は?」
「見たところ目ぼしいものは無さそうだし、一旦捜索は無しで」
「了解です」
この建物の捜索よりも、今浮かび上がった疑問の解決を優先するべきだと判断したんだろう。俺も同意見だ。
「あのくらいなら良いけど、もっと賢い個体がいる可能性もあるわよね?」
「ええ」
「なら、より一層警戒しつつ調査を進めるわよ。私から言うことでもないと思うけど、コボルドだからって油断しないようにね」
桜先輩の言う通り、相手が格下の魔獣だからと言って油断できる状況ではなくなった。気を引き締めないとな。
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