181.菊川の答え

「ああ、君は少し残ってくれ」



 部屋を出て行こうとした最後の一人を、正真団長はすんでの所で呼び止める。まるで彼が一人になるタイミングを、見計らっていたかのように。



「…何故です?」



 呼び止められた彼の感情と言えば、苛立ちと困惑が半々と言ったところ。職を奪われ(といっても、自業自得だが)、その抗議にやって来たものの、一から十まで正論で返されたうえ、何の成果もなく追い返されてしまった。そんな辱めを受けた彼としては、すぐにでもここから立ち去りたいという思いがある。


 だがそれと同時に、何故自分が呼び止められたのか、という思いも存在していた。何せここにはこちらから、それもアポイントメントを取らずにやって来たのであり、元々正真団長と深い接点があったわけでもない。



「まぁ、一度座りたまえよ。悪い話ではない」

「……ふん」



 ここを出て行きたいという思いと、呼び止められた理由を知りたいという思い。二つの感情の間でしばらく揺れ動いて彼だが、やがて翻り、部屋に備え付けられたソファにドサリと腰掛けた。



「確か君は、斥候職に就いていたな?」

「…ええ、それが何か?」



 彼の職業は【斥候スカウト】。敵への偵察や追跡に長け、幅広い分野のスキルを取得できる職業だ。彼はまだこの職業というシステムについて、トウキョウが何も分かっていなかったころ、とりあえず無難に、ということで適正が出ていたこの職業を選択していた。



「盗賊系のスキルはどのくらい取得している」

「自分のスキルを、軽々しく人に話すとでも?」



 そう悪態づいているが、実際の所彼はかなり盗賊寄りの【斥候スカウト】だ。まだカツロ山が今のように人の手が入っていなかった頃。彼は内部の捜索に必要だと考え、罠解除や暗視系統のスキル取得に励んだ。


 その中には結局、一度も使わなかったスキルも数多くあった。だが彼はその時の戦果と貢献が認められ、つい先日まで議会の一席に座っていたのである。



「ふむ、それもそうだな…なら、私は今から少し独り言を語るとしよう。この話をどう受け取るかは、君次第だ」



 正真団長はそういって立ち上がり、窓の景色を見つめながら、呟くように語り始めた。



「カツロ山は現在、コボルド共を警戒しながらも採掘作業が再開されているわけだが…近々、とあるものが見つかることにより、作業はもう一度中断される」

「は…?」



 この時はまだ作業は中断されておらず、見知らぬ壁が存在しているという事実を知る人間は、この街のどこにもいないはず。英夢達でさえ、まだ気付いていないのだ。だが彼は、まるで予知しているかのように、この時その事実を開示した。



「そしてそうなった時、きっと多くの斥候職が召集されるだろう。見つかったものの正体を確かめるために」

「………」

「そしてそこで成果を上げれば…きっと、もう一度階段を駆け上がる事が出来るだろうな。もし軍が見逃したとしても、こういった事態で動くことのできる人間を、我ら調査団は見逃さない」



 それは言外に、ここで成果を出すことが出来れば、彼を調査団の一員に加えると、そう伝えていた。議会の席には劣るかもしれないが、ただの軍人である今の現状を考えれば、またとない出世のチャンスだと言える。



「ふぅ…少し話しすぎたな。喉が渇いてしまったよ」

「紅茶をどうぞ」

「ははっ。相変わらず仕事が早い、助かるよ。ああ、もう帰っても良いぞ」

「…失礼する」



 元議会員の男は、それ以上は何も言わずに部屋を去った。呼び止められる前とは、その瞳の色を真逆に変えて。






♢ ♢ ♢






「お疲れ様でした」

「ありがとう。彼はどう動くだろうか?」

「恐らく、思惑通りの行動を開始するかと」



 元議会員達が居なくなってからしばらく経った後、完全に彼らが拠点を後にしたことを確認した正真団長は、菊川としばしの語らいに興じていた。



「まぁ、最終的にどうなろうと、こちらとしてはどうでも良いのだがね。打てる布石は、打っておくに越したことはない」



 正真団長が彼を呼び止めた理由は、勧誘だけに留まらない。理由はまだいくつかあり、そのうちの一つは、不穏分子の牽制。


 今現在実質的な敵対関係にある元議会員達の中に、一人調査団側の人間を忍ばせて置けば、彼らが実害のある行動に出ることは抑制できる。もし彼に止めることが出来なかったとしても、事前に察知することが出来るだろう。



 そしてもう一つに、軍の不穏分子を取り込むという狙いもあった。今の軍と調査団の関係は、親元とその傘下。だがかつて一つの財閥を牽引していた男が、傘下という立場で落ち着くはずがない。


 いつか訪れるであろう敵対の時のために、軍に対して牙を剥くことが出来る人材を、彼は欲していた。



「君はどうだ?君は、軍と調査団、どちらの肩を持つ?」

「…私は」



 菊川は言い淀む。彼は特に何か軍に対して思い入れがあるわけではない。それどころか、正真団長に対して多大な恩義を感じている。どちらを選択するかは、火を見るよりも明らかだ。


ただ、



「私は、何時如何なる時も、お嬢様の執事であり続けます」



(もし、お嬢様と敵対するようなことになれば、その時は…)






 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る