180.団長としての顔 

 ──二週間前──



「調査団長!一体どういうことですか!?」

「何故我々が議会員から外され、あなたの団員が参加することになっているんです!」

「納得のいく説明を要求します!」



 ここは調査団の活動拠点。活動拠点とは言っても、調査団の仕事は他の街への遠征が主な任務であるため、この場所が活用される機会というのは非常に少ない。


 だがそんな場所にしては珍しく、この日の拠点は怒号が鳴り響いていた。怒号を上げるのは、つい先日までは軍の幹部として、定例会議に参加していた者達。


 だが彼らはその席を下ろされ、その後釜として調査団の団員が入ることになった。そして彼らにはその件に関してほとんど通達無くその決定が下されたため、こうして抗議に来たというわけだ。



「簡単なことだよ。君達が議会員から外され、その代わりに偶々私の部下が入ったというだけだ。そこに私の介入があったわけではない」

「だから、何故私達が議会員から外されることになっているんですか!」

「現在のカツロ山の状態を、あなたが知らないはずないでしょう!?今我々がこの役目を離れることになれば、引き継ぎで業務はさらに遅延してしまいますよ!」



 議会の出席者達は、それぞれ街の中核となるような施設、もしくは部隊の管理を担っている。彼らの担当していたのは、今様々な問題が巻き起こっているカツロ山だ。


 だが今回、議会員を外されたと同時に、カツロ山の管理からも外されている。これは会社に見立ててれば、部長から平社員に戻されたようなもの。彼らが抗議にやって来るのも、そう的外れではないように見える。



「落ち着きたまえよ…君達が外された理由?そんなことは、君達が一番分かっているだろう?」



 正真団長は立ち上がり、抗議に来た者達に『威圧』を行使して牽制しながら、彼らに書類を手渡す。


 彼らは元々軍人として依頼に従事していた者達であり、ほとんど戦闘経験のない正真団長の『威圧』は、普通ならその効力を発揮しない。


 だが正真団長の職業、【交渉人ネゴシエータ】は、精神攻撃系のスキルの効力が数倍に跳ね上がっている。その証拠に、武力的な実力で言えば圧倒しているはずの元議会員達は、額に脂汗を滲ませながら書類を受け取っている。



「な!?これを一体どこで……」

「カツロ山の管理、そして作業員への報酬、諸々合わせて立てられた予算、年間で金貨50枚。一つの山を運営していく上では十分な金額だったはずだ」

「「「………」」」

「だがいざ視察に出向いてみれば、劣悪な労働環境、現場の作業員の悲痛な嘆き…箱を開けてみればひどい有様だったよ、一体いくらくすねたのかな?」

「…そ、それは」



 そう、彼らに降格処分が下された理由。それは彼らが結託して行っていた、予算の横領が軍に気付かれた。ただこの一点にある。


 現在の軍は、お世辞にも円滑な資金運用を行えているとは言えない。立て続けに舞い込むトラブルの対応で、今にも資金が底を付きそうな状態だ。そんな状況下で横領の事実が見つかればどうなるか。それは子供でも分かること。



「その様子だと、特別予算にも手を出していそうだねぇ…解雇されていないだけ、軍には感謝するべきだと思うよ?」



 そんな彼らに解雇ではなく降格処分に止まったのは、これまた軍の状況に起因している。英夢達はカツロ山関連の依頼に注力しているが、街全体で見た時、依頼はカツロ山だけに集中しているわけではなく、数多の依頼が軍へと送られている。


 だが、そうやって終わりなく湧いてくる依頼と異なり、軍が用意できる戦力には限界がある。はっきりと述べるなら、今の軍は例え不正を働いた者であっても、戦力を削れるような状況ではないのだ。



「分かったならさっさと依頼にでも行ってくると良い。今の君達に、役員報酬は存在しないのだからね」

「このっ…言わせておけば!!」

「その手を、どうされるおつもりですか?」



 一人が正真団長の言葉に激昂し、腰の剣に手を掛けようとしたその時。先程までは部屋に居なかったはずの菊川が、その手を制止させる。元議会員は反射的に振りほどこうとするが、止められた手は全く動かない。



「くっ…手を離せ!」

「そこまでであれば、まだ主も見て見ぬふりが出来ます。私の主は非常に寛容なお方ですから」

「今ここで私を手にかけても、銅貨一枚すら手に入らないぞ?その剣は私に向けるのでなく、魔獣に向けた方がよっぽど建設的だと思うが…」



 正真団長はまるでこの緊迫した会話を楽しんでいるかのように、不適な笑みを浮かべながら元議会員達に語りかけている。そんな様子も、彼らにとっては気に入らない。


 『威圧』は既に解除されているが、この空間は完全に正真団長が支配していた。元議会員達の瞳の奥底にはまだ燻ぶった感情が残っているものの、これ以上その感情を爆発させる様子はない。



「ああ分かった、ここは一度退散しよう…だが、覚えておけよ」



 菊川が制止させたのとは別の男が、正真団長に近づき、凄みのある表情で宣言する。



「いつか必ず、あんたの額を地面に擦りつけてやる」

「ははっ、楽しみにしておこう」



 実際の所、一度地面まで落ちた彼らが、再び階段を上ることはかなり難しい。彼もそれを理解していたが、爆発できなかった感情が漏れ出してしまったのだろう。吐き捨てるようなセリフを残し、彼は部屋から出て行った。


 その様子を見て、剣を手にかけようとした男も、無言で団長から背を向け、部屋を後にしていく。そして最後の一人が後に続こうとしたところで、



「ああ、君は少し残ってくれ」

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