179.夢想と思惑

「なるほど…数千年前の古代文明ですか」



 あれから街へと帰還した俺達は、まだギリギリ軍が動いている時間だったため、直接軍へと向かい、そのままの流れで葛城総司令に報告する運びとなった。



「迷宮ではありませんでしたが、目当ての物が見つかる可能性は高まったと言えるかもしれません」

「そうですね。幸運だったと、そう捉えるべきでしょう」



 あの壁の中が古代文明の遺跡であれば、失われた技術を用いた道具が残されているのはまず間違いない。しかも、リーゼの話通りあの場所が訓練場だとすれば、今の軍が一番望んでいる、武器や防具の類が見つかる可能性はかなり高いんじゃないかと思う。


 勿論、もう使えなくなっているということもあり得るが、その構造を調べることが出来さえすれば、その道具の量産や、他の武具への技術転用まで視野に入って来る。



「分かりました、扉の鍵に関してはこちらで調べておきます。もう見張りも必要ないでしょうし、しばらくゆっくりしておいて下さい。扉の開錠方法が見つかり次第、こちらから通達します」

「分かりました」

「遺跡の攻略部隊も同時に編制しますので、通達後はすぐに捜索が開始されると思います。何か準備が必要なのではあれば、この期間中にお願いします」



 やはり今回の作戦には力を入れているのか、作戦準備と進行の速度がかなり速い。いつもなら一度会議を挟んでいたと思うが、今回は今この場で決定してしまった。まぁ、即断即決は必ずしも悪いわけではないので、それを責めるつもりはない。



「では、これで失礼します」

「はい、夜道には気を付けて」



 そんな葛城総司令の言葉に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。この街で俺達を襲おうなんて考える人間は皆無のはず。例えそんな輩がいたとしても、こちらが負けるはずがない。『危機察知』もあるしな。




 本部を出て、冷たい夜風に当たりながら帰路を進む。そろそろ季節的には暖かくなってきてもいい頃合いだと思うんだが…そういえば、今日本の四季ってどうなっているんだろう。



「なぁ」

「四季ならしっかり残ってるし、そこまで以前との時期のズレも無いって聞いてるわよ」

「…そうなのか、ありがとう」



 今のはもう読心術ってか未来予知だろ。怖いからやめてくれ。


 まぁそれは置いておくとして、四季が残ってるなら、もうそろそろ春が訪れるってことか。もしこの街での任務が長引けば、二人に桜を見せられるかもしれないな。


 毎年のように目にする日本人でさえ、桜が花開くその光景には目を奪われる。シルヴィアは分からないが、リーゼは十中八九見たことがないだろうし、帰る前に一度花見をするのも良いかもしれない。



(ま、自分から長引かせようとは思わないけど)



 あくまで、開花まで任務が長引けばの話だ。普段は全く気にしていなかったので、どれが桜の木かなんて分かりやしないが、少なくともまだ街の随所にある木の蕾が花開こうとしてる様子はない。



「期待するべきなのか、しないでおくべきなのか…微妙な所だな」

「何が?」

「いや、こっちの話だ。何でもない」






♢ ♢ ♢






「ふぅ…彼らには感謝してもしたりませんね」



 英夢達が夜道を進んでいたその時、時を同じくして今日の分の書類を処理し終えた葛城総司令は、自らの椅子にドサリともたれかかる。


 眉間を軽く押さえながら虚空を見つめ、今日新たに舞い込んできた情報について整理する。



(迷宮ではなさそうですが、むしろ状況は好転したと言っても良い)



 カツロ山に眠っていたあの場所が、古代人が利用していた訓練場ということであれば、扉が開けられないことからも中に魔獣が潜んでいる可能性は格段に下がる。さらには、武器や防具が入手できる確率もグンと上がった。まだ問題はあるが、解決もそこまで難しくないだろうと踏んでいた。



「明日はまず朝一番に斥候職に声を掛けなくては…」



 葛城総司令はそこで一度言葉を切り、英夢達が持ち込んだ情報とはまた別の、霞ヶ丘正真調査団長の名が記された一枚の報告書に目を通す。



「余計な真似を…と、言いたいところですが、こればかりはこちらにも責任があります。少しくらいは目を瞑るべきでしょう」



 その言葉とは裏腹に、総司令の表情には皺が寄っており、今にもその報告書をグシャリと握りつぶしてしまいそうだ。



(彼は私以上に有能な方ですが、それはあくまで経営者としての話。まだ街としての十分な基盤が出来上がっていない現状、彼に力を与えすぎるのは良くない)



 調査団の立ち位置は軍の部隊の一つであり、つまり葛城総司令と正真調査団長で立場を比べた時、通常であれば葛城総司令に軍配が上がる。だが、組織というのはそこまで単純な構造をしていない。


 形式上の認識はそうなっていても、実際この二つの勢力の力関係はほぼ対等。そしてここ最近、その拮抗していた力関係に偏りが見え始めた。



「そして彼は、団長の娘さんと懇意にしていると…望み薄なのは重々承知していますが、彼がこちらに来てくれれば、この問題もかなり解決へと向かうことが出来る。もう少し、距離を縮めてみるべきなのかもしれません」

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