177.開かぬ口 前編

「………ん?」

「どうしたの?」



 二人組のおっさんから恩返しを貰ってから数日、相も変わらず暇を持て余していた俺の耳に、カツロ山の方から大人数の声が届いた。



「珍しいな…まだ作業終了時刻でもないのに」

「ん、まだ昼」

「何かあったのかもしれない、念のためちょっと様子を見て来るか」

「了解」



 まだ何かあったと決まったわけではないので、一旦シルヴィアは呼ばずにリーゼと二人で入り口まで向かう。


 向かった先には、やはり大勢の軍人達…いや、あれは作業員か。武器が小さなナイフだったり、もしくはピッケルだったりするので簡単に見分けがつく。



「何かあったんですか?」

「おー、兄ちゃんか。ついに見つかったんだぜ!」

「見つかったって、入り口が?」

「おう!」



 …ようやくか。これでようやく次のステップへと進むことが出来る。



「だがよ。どれだけ力を入れても、ピクリともしねぇ」

「つまり、まだ開いてはないんですね」

「…簡単に開けようとしちゃダメ」



 …確かに、開いた先には何が待っているか分からないのだから、迂闊な行動は避けるべきだ。作業員のこの人を責めても仕方ないけど。



「それで作業員の人達は、一旦ここに帰還したわけですか」

「ああ、俺達がいてもお荷物になるだけだしな。兄ちゃん達はどうする?」

「とりあえず、様子を見に行ってみます」

「そうか、気を付けてな」



 シルヴィアを呼び戻し、俺達は久々のカツロ山へと向かう。





♢ ♢ ♢





「随分整備されてるね」

「ああ、以前とはえらい違いだな」



 特にこれと言ったトラブルも起きていなかったため、しばらくカツロ山へと踏み入れていなかった俺達は、その変わりように小さな驚きを覚える。相変わらず明かりはないので薄暗いままだが、道は整備され、分岐点にはしっかりと目印が立てられている。



「流石にこれだけ人の往来が増えると、色々と問題点が浮き彫りになったのかもね」

「以前どんな感じだったか分からないが、ろくな環境では無さそうだったからなぁ」



 未だに明かりが設置されていないのは、恐らくまだここが魔獣の住処だからだと思う。どうせ設置しても持ち帰られるし、最悪武器に転用される危険性もある。作業しながらの明かりの確保は結構面倒だと思うが、こればかりは仕方ない。


 まだ色々と不便なところはあるが、これはかなりいい方向に進んでいるんじゃないかと思う。シルヴィアの言う通り、上の方に色々と報告があったのかもしれないな。



「…お、来た来た」

「こっちだ!」



 しばらく掘り進められた壁(とんでもない長さになっていた)に沿って進んでいると、向かう先から俺達を呼ぶ声が聞こえてきた。軍人達が集まり、周囲には篝火が立てられている。



「お疲れ様です」

「おう。早速だが、これが件の代物だ」

「…なるほど、これは確かに扉ですね」

「ん」

「扉に描かれてるのは何かしら?ただの模様ではなさそうだけど…」



 人だかりの前には、この薄暗い空間で淡い光を放つ、アーチ型の扉があった。扉には文字にも模様にも見える何かがビッシリと描かれているが、掠れてしまっているためよく分からない。



「悪いが、俺達じゃ開けられそうにないんだ」

「むしろ安易に開けられたら困ります、中には何があるのか分かりませんし」

「…それもそうだな、少し迂闊だった」



 分かってくれたようで何より。だが、開けられないとその中の確かめようがないのも事実だ。



「シルヴィア、『気配察知』に反応は?」

「…いえ、私の感知範囲には私達と軍の人間以外の反応はないわ」

「了解。ひとまず、一旦離れて下さい」

「いつでも退散出来るように、準備をしておいて」

「分かった」



 こういうのはビビり過ぎくらいが丁度良い。この軍人もそれを理解しているのか、やや大げさな俺達の指示にも素直に従ってくれた。



「さてと…まずは力づくでやってみるか」

「そうね、私が右を押してみるわ」

「じゃ、俺とリーゼは左で」

「ん」



 扉にそっと触れる。材質は恐らく壁と同じもので、随分ひんやりとしている。所々に金属の装飾が施されていて、これが扉が淡く光っているように見えた原因だろう。周囲の明かりを反射させているらしい。



「いくぞ」

「ええ」「ん」

「んぐぐぐ…」

「…むぅ」

「くっ…」



 俺達は全力で扉を押してみるが、残念というか当然というか、扉が動く様子はない。ドアノブの類は見当たらないし、引くタイプではないと思うんだけどな。



「そこまで重い材質じゃないはずなんだけどな…」



 壊したことがあるので何となく分かるが、いくら何でも俺達が三人で押して動かせないほどの重量じゃない。単純な力不足というわけではなく、何か別の理由があるはずだ。



「鍵?」

「だが、鍵穴なんて見当たらないぞ?」



 もしかしたら、土が埋まって分からなくなっているのかもしれない。だがそうなると、壊す以外に方法が無くなる。



「壊すなら壁の方が良さそうだな…」



 別に何か根拠があるわけじゃないが、罠や警報機が設置されているとすれば扉付近だろう。壊すにしてもここからは距離を取った方が良い。



「その結論は早計」

「どこかに仕掛けがあるのかもしれないわ、ちょっと調べてみましょう」

「それもそうだな。ひとまず、辺りを探ってみるか」



 こうして俺達は扉を開けるため、周囲の調査を開始した。

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