173.カツロ山の異変 後編
「とりあえず、そろそろ俺達も戻るか」
「そうね、流石にもう中に人は居ないでしょ」
「ん…ここから『
しばらくこの壁とコボルドについて調査を進めていた俺達は、一旦の区切りを付けてこの場から撤退することを選択した。ここに留まった時間は、体感で約一時間。調査としては短い時間だが、分かったことは多い。
まず、この壁の材質はカミラの迷宮と同じもので間違いない。つまりはその気になればぶち抜けるわけだが、壁の奥がどうなっているか分からない以上、迂闊な真似はしない方が良いだろう。
そして問題の索敵系スキルを無効化するコボルドだが…これは、スキルを無効化しているわけではないことが分かった。
「それにしても…まさか、コボルドがどこからともなく突然現れてるなんてね」
壁の調査をしている間、何度かコボルドに遭遇したが、そのどれもがシルヴィアの『気配察知』や俺の『危機察知』に引っかからなかった。
流石に現れるコボルド全員がスキルを無効化しているとは思えず、俺達が頭を悩ませていた時、周囲を『
「お手柄だな」
「ん、疲れた」
どうやら『
「だけど、突然出現するロジックに関してはマジで分からないんだよな…」
「そうね。一番可能性が高いのは転移だけど…」
シルヴィアの言う通り、現状の情報だけで判断するなら、この山、もしくはどこか別の場所に転移盤が存在しており、そこからコボルドが送り込まれているという可能性が一番高い。
だがもしこの現象が転移によるものだとすると、疑問点も多い。
まず、転移盤というのは通常、対になっている転移盤の元へと転移する。だがどれだけ捜索してもそれらしきものは見つからなかった。転移する方法は他にもあるだろうが、そうなると方法に関しては見当もつかないうえ、対処のしようがない。
そして、この転移の瞬間を今まで誰も目にしていなかったというのはかなり不自然だ。俺達もその瞬間を直接目にしたわけではなく、リーゼがスキルを駆使してようやく確認するに至った。まるで誰かがこの山の内部を監視しているかのような、作為的な何かを感じる。
(…やっぱ、気になるよなぁ)
俺達が抱える疑問。その答えは、あの壁の向こうにある気がする。
♢ ♢ ♢
カツロ山から出た後、中でのことを監督者に報告した俺達三人は、本部への報告を監督者へと任せ、そのまま帰還する流れとなった。
実の所、上層部への報告は俺達の方が円滑に行えたりするんだが、今回はリーゼの疲労を考慮して監督者にお願いした。
「おかえりなさい…あら、何かあったの?」
「まぁ、少し」
玄関で長々と話すのもあれなので、夕食を食べながら今日あったことを桜先輩と菊川さんに報告する。
「なるほど、天崎君が落ちた迷宮と同じ材質の壁ですか…」
「まだあの山に迷宮があると決まったわけではありませんけど、何か普通じゃないものがあることは間違いないです」
「んむ…」
…隣のリーゼが、うつらうつらと船を漕いでいる。汁物を持ちながら寝ぼけるのは勘弁してくれ。
「監督者の方に報告をお願いしたので、数日中に先輩にも呼び出しがかかると思います」
「分かったわ、頭に入れておく…それにしても、あの鉱山にそんなものが眠っていたなんて…」
先輩の言いたいことも分かる。『混沌の一日』から約三年、その間ずっと自分の街の傍にそびえたっていた山に、もしかしたら迷宮があるかもしれないんだ。にわかには信じたい事実だと思う。
「英夢君が落ちた迷宮の中はどんな感じだったの?」
「そうですね──」
桜先輩にはマーティンで再会したときに大雑把に説明したが、改めて説明する。
構造自体は階層構造で、階層ごとに棲息する魔獣や、環境に様々な特徴があった。やけに毒を持った魔獣ばかり出現するフロアとか、よく壁が溶けないなと思ってしまうほどの灼熱を帯びたフロアとか…。
迷宮全体の共通点を挙げるとすれば、動物系の魔獣が多く生息し、コボルドやゴブリンのような、二足歩行型の魔獣はほとんど見かけなかったことくらいだな。あとは魔獣がとんでもなく強力なこととか。
「あの場所は色々な意味で普通の迷宮とは言えないので、あまり参考にしちゃだめですよ」
「あ、そうなの?」
壁は同じ材質なのだから、無関係だとは言い難い。だがシルヴィアの言う通り、あの壁の向こうがあんな怪物の巣窟だとは思えない。もしそうなら、
「はい、カミラの迷宮はその性質から危険視はされませんが、攻略難度で言えばトップクラスです。実際、深部の様子を確認できたのは世界でエイム一人だけだと思います」
まぁ、俺は上から順々に攻略していったわけじゃないからな。俺も【
「…ごめん、眠い」
「あはは…かなり疲れてるみたいね、今日はこれくらいにしましょうか」
俺達が話している間に、リーゼが限界を迎えてしまったらしい。多分会議の時に俺達も呼び出されて同じ説明をするだろうし、桜先輩の言う通り、今日はこのくらいにしておくか。
食事を手早く済ませた俺達は、揃って寝室へと向かう。俺もスキルを使用せずに警戒していたのは随分久々だったし、いつもより疲労が溜まっているようだ。寝室へと入り一人になった途端、急激に体が重くなる。
「…おやすみ」
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