172.カツロ山の異変 前編

 カツロ山の警戒依頼を受諾し、一旦の任期終了を明日に控えたある日。ようやくコツを掴み、日に日に上達しているシルヴィアの魔力制御の訓練を眺めていると、現場の監督者からお呼びがかかった。



「また怪我人ですか?」

「いや、それが別件だ。何やら見慣れないものが見つかったらしくてな…」



 どうやら、詳しい報告が来ているわけではないらしい。


 一応、非常時には直ちに中の人達を撤退させる決まりとなっているが、このケースだと今の所非常事態とは言い難い。だが危険性も否定しきれないため、監督者も判断に困っているようだ。



「とりあえず、俺達が様子を見てきます。場所を教えてもらえますか?」

「ああ。誰か!ここに地図を持ってきてくれ!」



 ここ二週間でかなり地図も正確なものが出来上がっており、それによって中の人間の安全性も飛躍的に上昇している。場所が分かれば俺達がそこに向かう速度もそれだけ上がるからな。



「報告のあった場所はこの辺りだ」

「了解です。念のため、連絡用に人員を一人お借りしても良いですか?」

「ああ、勿論だ。入り口に足の速いヤツが待機してるから、連れて行ってくれ」



 これが三年前なら携帯で連絡を取るところだが、今ではそうもいかない。一応、リーゼが情報伝達系のスキルを有しているらしいが、屋内だと伝達が不安定になるらしい。


 これは俺達だけでなく、中で採掘作業をする人間にとっても大問題であるため、緊急時に情報を伝達する軍人が複数待機している。



「うし、行くか」

「分かったわ」「ん」

「危険を感じたら、俺達のことは放っておいて構わないのですぐに撤退してください。ただその場合、撤退の伝達だけは忘れないようにお願いします」

「了解しました!」



 最低限の会話で済ませ、トウキョウの軍人を加えた俺達はカツロ山へと足を踏み入れる。



(…もうここにはいないと分かってはいるが、毎回ちょっと勇気がいるな)



 この場所に来ると、およそ二週間前に俺達のことを叩きのめしたあの神様の姿がどうしてもチラついてしまう。若干トラウマになっていると言ってもいい。


 だが、勿論ヤツはもうこの鉱山にはいない。それは俺があの悪寒を感じなくなったことからも明らかだ。



(緊急性があるわけじゃないが、急ぐか)



 幸い同行者も足には自信のある軍人だ、少しくらい速度を上げても問題ないだろう。先頭を歩くシルヴィアも同じことを思ったのか、いつもより少し速度を上げ、俺達は鉱山内へと進行を開始した。






♢ ♢ ♢






「確かこの辺りのはずだが…」

「あれじゃない?」

「人だかり」



 シルヴィアの指さした方向に目を向けると、5・6人の人達が固まって行動しているのが見えた。確かにあそこで間違いなさそうだ。


 あまり彼らの空気は穏やかではなく、ピリピリとした雰囲気で周囲を警戒している。まだコボルドは普通に出現するため警戒は重要だが、この人数全員が警戒しているは少しおかしい。



「すいません、報告のあった場所はここで間違いないですか?」

「ああそうだ。通常通り採掘作業を行っていたんだが、突然硬い壁にぶつかってな。仕方がないから横に広がって掘っていたんだが…気付いたらこの通りさ」



 道を譲ってもらって問題の場所を見てみると…、



「……シルヴィア」

「何?」

「俺、この壁に既視感があるんだけど」

「…でしょうね、私も若干見覚えがあるもの」



 ここのことを狼神マナガルは気付いていなかったんだろうか、それとも、気付いていたがどうでもいい、とでも思っていたんだろうか。



「私はないんだけど」

「だろうな、これは……迷宮の壁だ」

「!!」



 忘れるはずがない、三年もあそこに幽閉されていたんだ。


 真っ黒で異常に冷たく、それでいてとてつもない硬度を持つ材質。もしこの壁がカミラの迷宮の壁と同じ強度なら、採掘用のピッケルなんかじゃ砕けるはずがないだろう。



「じゃあ、この壁の向こう側は迷宮?」

「…シルヴィア、どう思う?」

「私に聞かないでよ。ただ、材質が同じってだけで断定は出来ないわね」



 やっぱりそうか。ただ、この壁の向こう側が迷宮だと仮定すると、コボルドの大量発生にも何となく納得が行く。何故今になって突然増殖したのかとか、色々まだ疑問は残るが…



「───みんな、壁側によって!」



 思考の海に沈みかけていた俺を海上へと引き上げたのは、シルヴィアの鋭い一声だ。一旦周囲の人間を壁際に寄らせ、反対に俺達は前に出る。



「WOUUU……」

「シルヴィア?どうしたんだ?」



 一体何事かと思ったが、そこにいたのは一匹のコボルドだ。ここにいる人達は多少の戦闘技能を持った人達だし、いくらん何でもちょっと焦り過ぎな気がする。



「…コイツ、さっきまでは『気配察知』に反応が無かったの」

「何?複数スキル持ちの上位種か?」



 そう思ってラルを抜き、一発軽く放ってみるが、



「WOWAAAA!?」



 コボルドはそれを避けることなく、瞬時にその体を爆散させた。



「…あれ?」

「…隠蔽に特化した個体だったのか?」

「いや、多分違うと思います。俺も索敵系のスキルを持っているんですが、さっきから突然コボルドが現れるんです」



 全員でやけにピリピリしながら周囲を警戒していた理由はそれか。ってなると、上位個体の増殖…いや、それが鉱山内で起こっているなら確実に報告が届いているはず。



「なんでそれを報告しなかったの?」

「報告に人を向かわせてからコボルドが出たんだよ」



 詳しく話を聞いてみると、見つけてから俺達が来るまで三匹のコボルドと戦闘したが、全員が索敵スキルを搔い潜り、突如として現れたとのこと。遭遇頻度としては通常通り、開拓が進んでいない場所にしては少ない方かもしれない。



「…ダメだ、現状だと判断が出来ない」

「そうね…とりあえず、貴方達は一旦引き上げて」

「「はい」」

「念のため、避難命令を出した方が良いと思う」

「そうですね。では、私は彼らを連れて一旦帰還します」



 俺達はなるべく多くの情報を得るため、この場に残ることを選んだ。だがいくらコボルドと言えど、索敵系のスキルを掻い潜るとなれば油断は出来ない。



「…正直、もう何事もなく終わると思ってたんだがな」

「私も」

「ん」



 どうやらこの依頼、もう少し長引くことになりそうだ。


 

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