171.得手不得手

 ここはとある荒野。俺の後ろには小山がそびえ立っており、寒空の下に吹いてくる風を多少なりとも軽減してくれている。目の前では剣士と術師が何やら話し合っていて、先程から小さな爆発音が時折聞こえてくる。


 そんないつもとは少し違う光景を視界に収め、俺の抱く感想はただ一つ。



「……暇だ」



 あれから3日後、葛城総司令に呼び出された俺達三人は、予定通り警戒依頼を受諾する流れとなり、カツロ山に通うようになって今日は七日目となる。それ自体には何の問題もないんだが…



(あまりにもやることが無さ過ぎる)



 いや、正確にはちょくちょく出番はある。だがそのどれもが怪我人の運搬であって、戦闘に参加することはほぼ皆無だった。


 尤も、それは当然のこと。コボルドはゴブリンと比較されるくらい弱小の魔獣だ。その知能と鉱山という薄暗い場所を考慮しても、多少腕のあるものなら、余程のヘマをしない限りは問題ない。



 だから、俺達がここにいるのは保険の保険。不測の事態が起こったその時こそが、俺達の出番ということ。


 これが『混沌の一日』以前であれば、こういった待ち時間はスマホゲームで時間を潰すところだが、残念ながら今の世界にそんなものは存在しない。図書館の書物も街の外へ持ち出すことは認められていないらしく、本当に時間を潰すものがない。




「うーん、やっぱり中々うまくいかないわね…」

「練習あるのみ」



 シルヴィアはこの時間を有効活用し、魔力制御の鍛錬を行っている。時々起こる小爆発は、制御に失敗して暴発してしまっているらしい。基準が分からないからアレだが、多分シルヴィアはあの手の制御が苦手なタイプなんだろうな。俺は一週間で形になったし。



「…エイム、へるぷ」

「うん?」



 暇を持て余し、適当な地面に寝転がっていると、リーゼが上から覗き込んできた。



「どうした?」

「私じゃ無理」



 シルヴィアはリーゼに魔力制御の教えを乞いていたが、どうやらリーゼの方が断念してしまったらしい。



「言語化が難しい」

「まぁ、それはそうだろうな」



 リーゼは普段から、言葉足らずなことがちょくちょくある。多分だけど、魔力制御に関しても感覚的に出来てしまったタイプだろう。もしかしたら精霊から聞いたのかもしれない。あの精霊も、言葉というより思念的な方法で伝えてくるタイプだし。



「んじゃ、交代するか。もしもの時とは呼んでくれ」

「ん」



 そう言って、リーゼと入れ替わる形でシルヴィアの元へとやって来たわけだが、



「ふぅ」

「…おい」

「え、何?」



 疲労困憊の様子で座り込んでいるシルヴィアを見て、流石に俺は苦言を呈す。



「一応依頼中なんだから、訓練はほどほどにしとけよ?非常時にガス欠で動けませんってわけにはいかないんだからよ」

「分かってるわよ、体力消耗はほとんどないわ…ただちょっと、精神的にね」



 まぁ、慣れないうちはかなり集中力を要する鍛錬だ。その気持ちは分からなくもないが、精神的な余裕も残しておかないとダメだろ、有事の判断力が鈍るのは困るぞ。



「…まぁ、ちょっとムキになってるのは否定できないわね」

「大分苦戦してるみたいだな」

「ええ、こんなに手こずるのは久々だわ。体を循環させるって言うのがいまいち理解できないのよ…」



 しかも結構初期の段階で躓いている。俺もちょくちょくアドバイスはしてるんだが、そもそも別に魔力制御に詳しいわけじゃないし…。



「…いっそのこと、一旦循環させるのは諦めてみるのはどうだ?」

「…え?」

「シルヴィアは別に魔術スキルを使いたいわけじゃなくて、あくまで黒剣のために魔力制御の鍛錬をやってるわけだろ?」



 なら、循環の工程は極論を言えば必要ないんじゃないかと思う。勿論、体から魔力を集約させるという意味では無意味じゃないし、継続運用を考えるなら鍛錬は必要なことだが、今のシルヴィアのスタイルだと戦闘の決め手に使うのが主流だ。つまり、重要なのは集約ではなく速度。



「黒剣に流し込む、この動作さえ極めれば、とりあえず実戦で役立つレベルにはなると思うぞ」

「…確かに、盲点だったわ」

「ただ、そうなるとあまりむしろ鍛錬は難しくなるけどな」



 剣へと魔力を流し込む以上、どうしても魔力を消費してしまう。シルヴィアは体内魔力量もそう多くないし、長時間の鍛錬は現実的じゃない。



「それなら大丈夫だと思うわよ」

「…いや、全然大丈夫だとは思えないけど?」

「多分だけど、なんとかなるわ」



 そう言ってシルヴィアは黒剣を鞘から引き抜き、剣を正面に構える。



「大丈夫だとは思うけど、一旦離れて貰える?」

「分かった」



 シルヴィアは俺が離れたことを確認すると…



「……シッ!!」



 その場で剣を巧みに操り、剣舞を始めた。相変わらず綺麗で無駄のない動きだ。余計な動きが無いからこそ、その洗練された踊りに見惚れてしまう。


そして注意深くその様子を観察してみると、黒剣が若干淡く輝いているのが分かった。どうやら魔力を流しているようだが、その剣の輝きはいつもより随分と寂しい。



(…そっちはできるのかよ)



 シルヴィアは極々少量の魔力を流し込むことにより、魔力消費の問題をクリアしたようだ。俺はその魔力量の調節が苦手なんだが、逆にシルヴィアは感覚的に出来てしまうレベルらしい。



「やっぱ、誰にでも得手不得手はあるものだな」



 結局その後も俺達が呼び出されることはなく、そのままシルヴィアの剣舞を眺めながら一日を終えた。

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