170.満面の笑み
「それで何ですが、もしこの案が採用された場合、天崎さん達にお願いしたいことがあるんです」
「俺達にですか?」
「はい。三人には不測の事態に備え、カツロ山にて警戒に当たって欲しいんです」
恐らくもう大丈夫だとは思うが、確かにまだ不安は残るか。採掘作業に赴く人達も、緊急時に動いてくれる人達がいるとなれば多少は安心できるはず。まぁ、俺達は目立った活躍をしてるわけじゃないから、実力的には不安視をされるかもしれないけど。
「期間的にはどのくらいを予定してます?」
「…そうですね。ひとまず二週間程度、といったところでしょうか。それ以上は結果を見て、再度判断する必要があると思います」
「なるほど…二人はどうだ?」
このまま俺一人で話を進めるわけにもいかないので、二人にも話を振ってみる。
「…良いんじゃない?エイムがそれで良いなら」
「ん、私も大丈夫だよ」
「了解。二人も大丈夫みたいなので、ひとまずそれは受けさせて貰います」
「ありがとうございます」
「ただ」
この依頼を受けるのは構わない。依頼の性質上、かなり長時間拘束されることになるかもしれないが、基本的に何もなければ暇になるだろう。
だけど、これだけは念押ししておかなければならない。
「次の目的地が決まったので、それ以上となるとお受けするのが難しくなるかもしれません。なるべく早期に、俺達抜きで行える警備体制の構築をお願いします」
「次の目的地…ですか?」
「はい」
別に急がなくても目的はどこかへ消えたりしないだろうが、そういう理由以上に俺の感情的な面でなるべく早く向かいたい思いがある。本音を言えばこの依頼だって断りたい。
「…そうですか、わかりました。頭に入れておきます」
「すみません、急な話になってしまって」
「いえ。猶予はありますし、いざとなれば私が居ますから…ただ、そうなると考慮しなければならない案件が一つ増えますね、こうなると…」
そのまま葛城総司令は無言で筆を走らせ始めた。しばらくそれを見守っていたが、やがて葛城総司令は忘れていたかのように慌てた様子で話しかけてくる。
「おっと、すみません。まだ人がいるのを失念していました。えーと…次の定例会議は明後日ですか。ではその時に先程の案を提出しますので、詳しい依頼内容はまた追って通達します。それまでは自由にしていてください」
「了解です」
そう言ってまた葛城総司令は机に向かいだした。邪魔をするのも悪いので、一言断って総司令室を後にした。
「英夢君!!」
「は、はい?なんですか?」
総司令室から出た途端、途中から静観していた桜先輩がグイっと詰め寄って来る。ビックリした。
「次の目的地って?」
「お、王都に向かおうかと。どうやら、探し物がそこにあるみたいなので」
そういえば桜先輩にもまだ言ってなかったな。というより、シルヴィアとリーゼ以外に話したのはこれが初めてだ。
「王都って…そんなに簡単に行ける場所じゃないわよ?」
「分かってます。ですが、どうしても向かわなければならないんです」
以前にマーティンの図書館で調べた情報だと、次の目的地である王都は今太平洋に浮かんでいるらしい。海上には強力な魔獣が蔓延っているという話もあったから、向かうだけでもかなり苦労するはず、準備は入念に行わなければならない。
「…また戻って来るわよね?」
「………」
そう訊ねて来る桜先輩は、何だかいつもの調子じゃないように見える。もしかすると、近いうちにやって来る俺との別れを寂しがってくれているのかもしれない。実際、俺は先輩と離れ離れになるのが、少し寂しい。
「勿論です。ちょっと長距離の移動は難しい世界になっちゃいましたけど、いずれまた」
「…そっか、ならよし!」
そう言って桜先輩人差し指でツンと俺の額を叩き、普段は見せない満面の笑みを見せてくれた。
「じゃ、私はまだやることがあるから、また後でね」
「…分かりました」
そう言って桜先輩は菊川さんを連れ、先に行ってしまった。
「…サクラ、無理してた」
「そうね」
「ああ」
あれは流石の俺でも分かる。だけど、これはどうしようもないことだ。例え王都へと向かう予定が無かったとしても、きっと俺達がここに移り住む選択はなかっただろう。いずれはその時がやって来ていた。
「エイム。私が言うことじゃないかもしれないけど、もう一度、ちゃんと話した方が良いと思うわよ」
「…そうだな」
こんな、なあなあの会話で終わらせちゃだめだよな。また戻って来るとは言ったが、命が軽くなったこの世界じゃ、今生の別れになる可能性だってゼロではない。しっかり伝えたいことは全て伝えきるべきだろう。
「ま、それはこっちで考えておくさ。どうする?どっか行く場所あるか?」
「…私、ちょっと小腹が空いた」
「私も。久しぶりに体を動かしたから、体が栄養を求めてるわ」
「栄養を求めるって…じゃ、夕食までまだ時間があるし、軽く食べて帰るか」
「賛成!」「ん!」
勿論、二人の軽食は軽食じゃない。俺は足早になる二人の様子に苦笑いを浮かべながら、二人の後を追った。
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